東京オリンピックエンブレム問題再考

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東京オリンピックの最終エンブレムも決まり、これからだというときに、またまた袖の下的な話である。関係者の不誠実さには恐れ入る限りだが、そもそもオリンピック自体が、我々が考えているのとは、全く違ってきているのが、最大の原因だろう。これが今のオリンピックなのか。残念な限りである。

このような問題を前にして、急にエンブレム騒動を再考してみようと思った。もちろん、その後のS氏的な話を展開するつもりはない。今もネット上では彼に対しての個人攻撃が続いているようであるが、彼は舞台での登場人物にしか過ぎない。問題があるのは、舞台裏のProducerやDirectorなどなのだ。

まあ責任追求的な話はここでやめておこう。そんなことには関心がないからだ。それよりも考えてみたいのは、デザイナーという社会での役割である。

個人的な話になるが、高校時代に一番好きであった科目は古文である。源氏物語などもそうだが、特に好きなのは、江戸時代の芸論である。例えば近松門左衛門。そして彼の著作の中で好きなのが、「不易流行」である。

不易とは、時代を超えて変化しない真理。流行とはその時々の流行(はやり)である。高校時代の記憶から書いているので、間違いがあるかもしれないが、自分の記憶に残っているのは、これである。

近松門左衛門とは、人形浄瑠璃の脚本家である。そして彼が得意としたのは、心中物だ。男女が共に自殺する話である。今では考えられないが、心中自体は、その当時によくあった事実だそうだ。これが、流行である。だから彼はこの話を脚本の主題として選んだ。では不易とは。男女の愛である。状況は色々と変わっても、多分この愛については時代を超えて変化することはない。すなわち不易である。

で、今回のエンブレム問題だ。ことの発端は、彼がベルギーブルージュにある劇場のエンブレムデザインの盗作疑惑である。最初の対応がダメだったのはまずの第一原因だ。ブルージュ程度の田舎町の劇場が何を言っているか、そんな対応だ。わからない人だね。都市の価値があるとすれば、それは規模だけではない。歴史も重要な要素である。ブルージュと聞いて、自分が知らない田舎町だと思う人は、よっぽど教養がない人だ。ここでは説明を加えないが、興味のある人はネットで検索してみたら良いだろう。その時の検索用語は、

Bruges

である。非難めいた話をしないとした今回の記事であるが、非難めいた話になってしまっている。軌道を戻そう。

本問題の起因となった盗作疑惑である。当初は彼に対する擁護論がかなりあった。大概は、職業的なデザイナーからのものである。明らかに違うデザインだと主張している未知蒙昧の輩の話は別にして、偶然的に同じものになったという議論には、冷静になった現在からすると、ある程度賛同できるものだ。なぜならば、デザイナーとして近松門左衛門が言う、流行を追ったものだと考えられるから。

ある偶然でこんなサイトがあることを発見した。最近の美術館ロゴデザインに関しての論考が掲載されているものだ。
https://medium.com/@FimJishwick/museum-logos-drawing-the-line-63d3f27cc8fa#.chf94vgca

この記事は、正直なところ自分にとってはかなりショックであった。S氏の行為をほとんど盗作と判断していたからだ。盗作というよりも流行に乗ったと言った方が本当は正確ではないのか。

形は色々と違うが、基本的な発想は掲載されているロゴでほとんど同じである。文字要素を分解して再構成するデザインだ。S氏のデザインもまさにこの流れに沿ったものだと言えるだろう。似ている=盗作と判断するには難しいことが、改めてわかる。

問題は不易である。そしてこの地点に至っては、彼を非難することには何ほどかの意味もない。デザインを生活の糧としているものとしては、自分自身の課題なのである。別段彼を擁護するわけではないが、このような考えが浮かんできたことは、彼の功績かもしれない。またの復活を期待する現在だ。