FB活用方法

■打ち捨てられた小さい白い花に陽の光

山中 修さんの投稿 2019年7月16日火曜日

私自身の話なのであるが、どうも二者択一的な発想で凝り固まっているようだ。具体的なところで言えばウェブ活用について。自分サイトとFBでネット活動を展開しているわけだが、いつもどちらかに偏ってしまう。

自分サイトの運営に熱心な時はFBの方は疎かになり、また逆もそうである。同時的に運営できないのである。まあ大方の人もそうなようで、そのような問題を解決するために、一般的な方法も用意されている。自分サイトにFBをそのまま表示する方法である。

便利な方法であることには間違いないが、問題点がないわけではない。1番の問題はサイトの動作が鈍くなること。FB全体を読み込むので、反応がどうしても遅くなるのだ。まあこれは技術的な問題であり、サイト運営に関しては本質的な困難さということでもない。

最も大きな問題となるのが、自分サイトとSNSとのターゲット違いである。簡単に言えば、SNSで効果的な投稿記事がそのまま自分サイトで適切であるとは限らないことである。

あくまでも自分の場合なのだが、SNSと自分サイトではその目的は異なっている。FBはあくまでも友人たちに向けてのメッセージであり、そこに書かれているのは友人たちでなければ理解できないことが多い。であるから、それをそのまま自分サイトで公開するのは、よろしくない。これも日常生活で経験する位ことでもあるのだが、例えば酒の席の話。自分たちだけでわかる話を延々と聞かされたら、誰でも不愉快に思うだろう。それと同じことだ。

ではどうするのかというと、それほど大袈裟な話ではない。FBの記事の中でも一般的な話もあるはずなので、その話だけを選択的に自分サイトで表示させることである。そしてこの方法の便利なところは、特別な方法を全く必要としないことである。

具体的に話てみよう。

自分サイトで展開したいFBの投稿記事があったら、大概は画像も一緒に投稿していると思うので、画像を右クリック。ポップアップメニューが表示されれるので、「リンク先のアドレスをコピー」をクリック。自分サイトの投稿記事エディター(大概の人はWordpressを使っているのでその話)にペーストする(コマンド+v)これで完了である。

写真投稿の例で話をすると、写真、タイトル、反響の順で表示される。嬉しいのはこれはあくまでもリンクなので、この記事の例のように、自分サイトように新しく記事を追加することができるところだ。

自分サイトとSNSの同時運用は確かに面倒なのであるが、ここに紹介した手法を活用すれば、随分と楽で効果的な自分サイト運営が実現できるはずだ。ということで、真っ先に私地震が喜んで活用するようななっているわけである。

自分誕生日祝い

世界で最も美しい場所とコロンブスが言ったマルティニーク島のラム酒。フランス友人のお土産で大事にしておいたのだが、誕生日に託けて飲むことにした。後味の苦味がなんとも言えない深みを感じる。すでに半分。明日にはなくなっているのかもしれない。

山中 修さんの投稿 2020年2月8日土曜日

広尾の日

今日は広尾に行った。展覧会の準備だ。
今日から始まる展覧会の準備。随分やっつけ仕事のようだ。

しかしそうではない。映像展。すでに映像は完成しており、映像映写の準備をするだけだから。

天井から吊り下げられた和紙に映像を映写する。特別に新しい試みであるわけでもないのだが、工夫と言えば、雪舟の水墨画の世界をVRとして表現したことだろう。多分これは未だかつて誰もやったことがないこと。別段自慢すべき話でもないのだが。

実際に映写された映像をみてみる。良いのか悪いのか、わからない。
自分の映像にすでに見飽きたのかもしれない。

準備を終えて、展覧会が始まる前に家に帰ってくる。今日は金曜日。
本当は作家は会場にいなければいけないのだが。落ち着かないので帰る。

今はやることがない。いつも展覧会の準備が完了する時に感じること。
またやるいことが自然と見つかるのだが、今回はどうだろうか。

このままやるいことがない時間を呑み下すだけになるのかもしれない。

それはわからない。そうだとして。

小さな団地風景

中野区から練馬区の石神井公園に引っ越してきてからもうそろそろ10年だ。中野区にも当然のことながら都営の団地があるのだが、石神井公園近辺の練馬区は、それに比べるととても多いような気がする。特に練馬高野台から大泉学園にかけての地域である。

まあそれはそれとして、今度保谷近く(練馬区の南大泉)に引っ越してきて発見したのが、この小さな団地であり、これを見ていっぺんに好きになってしまった。

自分のこれまでの経験からすれば、団地というのはそれなりの規模の建物で構成されていると思っていた。しかしこの小さな団地はどうだろうか。こんなものがこの世に存在しているとは、びっくりするものだ。

どのような人がどのような生活を送っているのだろうか。できるならば自分もこのような小さな団地に住んでみたいものである。

風を歩く

部屋の日差しがいやに光る。
外は暖かいのだろうか。外歩きをしてみることにした。
風の地であった。強い北風の地であった。

郵便局の宣伝旗が無残に固まっている。
冬の何もない畑からは土ぼこりが家々を包み込んで離さない。

強い風に押され見知らぬ住宅街に入り込む。
どの道もどの道も行き止まりだ。

家々は風を防ぐこともなく、細い道が風の通りみちとなる。

風が、北風が吹いている。

川底の道

上物とはよく言ったもので、地上の上の物は地とは関係なく時間の流れとともに刻々と変化していく。逆に地あるいは地形はそれほど変化しないものである。例えば丸ノ内線の駅に茗荷谷というところがある。お茶の水女子大学の近くの駅だ。

その名の通り、江戸時代にはこの谷で茗荷がよく育ったのである。そして地形としては今も変わらない谷底。丸ノ内線から見える階段はとても急で、この谷の深さを感じることができる。

家を出てどこかへ出かけるときに必ず通る道がある。絵ではうまく表現できなかったのだが、道のこちら側100メートルほどすると白子川の源流がある。白子川とは武蔵野台地特有の湧き水の川である。しかし地形からみると、この道は実は白子川だったのではないかと思われる。

つまりこのみちは、単なる歩道ではなくて、昔は小川が流れていたのでは。

その時々の変化を追うのも良いのだが、時には、地上の物たちを取っ払って変わらない姿を想像してみる。また楽しいことでもある。

夢の中の夢

All that we seen or seem
is but a dream within a dream.

ポーの有名な詩であるA Dream Within a Dreamの一節である。いかにも詩という感じで、それほど多くはない自分が好きな詩の一つである。

1809~1849年の短い生涯。彼自身で夢の中の夢の人生を歩んだと言えるのかもしれない。

寒雨

昨夜よりの雪模様は朝となるとすでに雨となっている。

高架を走る電車には寒雨に濡れた風景が映り込む。

飛んでゆけ心。遠く遠く、そして遠く。

賢治の女

何もここで宮沢賢治の女性関係についての話をするつもりはない。宮沢賢治の詩の一つである「女」についてだ。

不思議な題名である。最初この題名を見たときは、これが宮沢賢治の詩であるとは信じることはできなかった。何か切り捨てるような表現。どうしても雨ニモマケズの賢治であると、信じられなかった。

詩の内容はどうか。これもまた不思議なことで何やら不気味さえ感じられるものである。まあ自分の感想などはどうでも良いであろう。途中からにはなるが、その詩の一節を引用してみる。

まっ黒な家の中には黄いろなランプがぼんやり点いて顔のまっかな若い女がひとりでせわしなく飯をかきこんでいる。
かきこんでいる。その澱粉の灰色。
ランプのあかりに暗の中から引きずり出された梢の緑、
実に恐ろしく青く見える。恐ろしく深く見える。恐ろしくゆらいで見える。

どうだろうか。このような感じである。

最初この詩を読んだときは、わけのわからない詩だなというものである。であるならばそのまま素通りすれば良いだけの話なのだが、それができなない。同じような場面に自分も遭遇したことがあるからだ。

あれはいつのことだっただろうか。詳しい日時は忘れたしまったのだが。家のものと一緒に山中湖で一泊したことがある。神社好きの家のものの要望で、山中湖から富士吉田へのバスの途中で、富士浅間神社によることにした。帰りのバスがいつ来るかもしれないので、その神社から富士吉田の駅まで歩くことにした。

その帰りの途中で見たのが、公営住宅のような一軒家の真ん中の座敷の座卓の上においたうどんを夢中になって食べている、こちらは年取った女である。

特別な場面でもないのだが、驚いたのは、家のものにもこの場面のことが強く印象に残っていたことだ。もうそれから10年以上も経つだろうか。今でも時たまその時のことが話題になることがあり、家のものの笑い話となることがある。

自分の場合はその時のことを何かで表現したわけではないが、それだけにこの宮沢賢治の「女」がきになるのである。

この詩はなんなのだろうか。2、3度読み返して自分なりにわかってきたことは、この詩に意味を求めるべきではないことだ。この詩が表現している世界をそのまま味合うこと。そのように考えて読んでみると、急にこの詩の面白さや素晴らしさがわかって来る。

さらに面白いのは、この詩を味わってからは、宮沢賢治の童話的物語など他の話もまた随分と違った様相で現れて来ることだ。

童話的な物語となると、ほっておくと何やら教訓話的なものになるのだが、宮沢賢治の場合は、そのような話は全くない。むしろ結論的な話は宙に浮いたままで、その終わりのない感じが独特なのである。

そんな世界を表現したその根には、この「女」と共通なものがあるのだろう。

実に恐ろしくゆらいで見える。

何が?