自分そして大切な人を守るためのSocial Distancing

某都知事のメディア会見でもわかるように、役所などは人にお願いするばかりで自分たちは何をやるのか一向にこちらにはわからない。無策である。はっきりとわかったのは、このような連中をあてにしていたのでは、自分たちの生命すら危ういことである。買い占めに走っている人たちを非難する声もあるのだが、あの唐突な会見を聞けば、誰だって不安に思うだろう。自分の発言がどのような影響を与えるかも自覚できない行政の長では、もう話にもならない。

では私たちは何をすれば良いのか。新型コロナ肺炎に自分が感染しないと同時に他の人に感染させない行動をとることである。Social Distancingと呼ばれている行動のことである。簡単だがとても重要な行動なのだが、日本のメディアではほとんど伝えていない。素人見ないな人間たちが井戸端会議的な発言を繰り返している。このメディアも呆れるばかりである。

まあそんな話はどうでも良い。自分たちには関係ない人たちなのだから。今はそんなことを考えている暇はない。自分たちでできることに集中する時期だ。できること、それがSocial Distancingである。

どのようなことで実際何をすることがSocial Distancingなのか。最近よく言われているのは3密である。これは誤解を招く話なのだが、3つの密が重なり合ったところが危ないみたいに言っているのだが、現在のような状況では、それぞれの密で危険なのである。そろそろ重なり合ったところなどの表現はやめた方が良いだろう。

ここで抜け落ちているのが、個人としての行動である。Social Distancingで特に重要となるのが、人と人との間隔である。日本ではこの話がすっぽりと抜け落ちてしまっているので、人々がかなり危険な行動を平気で行っているのだ。

例えば電車の話。Social Distancingが徹底している国では、電車の座席も一つごとにばつ印が書いてある。人々が隣り合って座らないようにするためだ。日本では先にも書いたように Social Distancingの意識が希薄なので、相当空いている電車でもわざわざ隣に座って来るものもいる。これではどうしようもない。

人と人との間隔はどの程度がよしとされているのか。推奨されている距離は2メートル以上。これまでの感覚からするとかなり離れた距離である。そのくらいの距離を取らないと、今度の新型コロナ肺炎の危険性は避けることができないわけだ。

これも先に書いたことだが、3密の考え方は、ライブハウスの事例が出てきたからだ。間違ってはいないにしても、この3つが重なり合わないと危険でないような間違った考え方を伝えるものであり、ある意味危険的な情報でもあるのだ。

新型コロナ肺炎の基本は、あくまでもSocial Distancingであり、人と人との距離の取り方である。某都知事の不用意な発言で買い占めに走った人たちが多いようだが、これなどは馬鹿極まりない行動である。隣の誰かが感染している可能性が高い現在。そんな人混みで長時間いることは、まさに新型コロナ肺炎に感染しにいくようなものである。

これは私の昨日の経験なのであるが、桜並木を自転車で通っていたら、普段の変わらない花見客でごった返していた。歩いて通り過ぎる人が多いのならまだしも、後座を敷いて宴会騒ぎもあちらこちら。

早い段階で行政などがSocial Distancingの考え方を広めていれば、こんな光景はなかっただろうに。

他の人はどうか知らない。しかし少なくとも自分と自分の周りの関係者にはこのSocial Distancingを着実に実行していくつもりである。