新型コロナの社会で生きるために

新型コロナと一口に言っても、自然条件や対策により様々な感染パターンがあることがわかってきている。主要なものは以下のものである。

・急速に拡大し急速に収束するもの
・急速に拡大しその勢いを止めるのが難しくなっている状況
・感染が広い範囲に拡大し、それぞれの地域での感染が急速に拡大している
・広い範囲に拡大しているが、それぞれの地域でそれほど感染は拡大していない

具体的なところでは、最初のパターンは、中国あるいは韓国。次のパターンはヨーロッパで3番目が米国。最後が日本である。

それぞれのパターンで社会的な変動も異なり、それぞれの社会で自分たちなりの生き方を模索していかなければならない時期となっている。

中国では帰国者をのぞけば、新たな感染者は0を実現した。多大な犠牲を払ってのことであり、社会安定をこれからどのようにして構築していくかが、課題となるだろう。

過去のデータがどのくらい役立つのかは不明だが、感染病の場合は、感染者が急速に増えてピークに達するとそのあとは急速に感染者数が減っていく。中国が良い例である。一方、感染者が急激に増加しないパターン、つまりは日本なのであるが、こちらになると、感染する危険性のある期間は長くなることになる。つまりは、いつ終わったのかわかりにくいところがあるわけだ。

日本のような場合の社会はどのようになるのであろうか。奇妙な言い方ではあるが、新型コロナと共存する社会と言うことになるであろう。新型コロナに対しての恐怖心を抱きながらも通常の生活をしていく、そのような社会である。

ではこのような社会の課題とはどのようなものだろうか。私は2つのことが重要であると考える。一つは情報の伝え方。もう一つは私たちの心理状態をいかにコントロールするかである。一つ一つをより詳しく検討してみよう。

情報の伝え方:

マスクやトイレットペーパーの買い占めでわかるように、情報の伝え方を間違うと、不安的な社会では人々のとんでもない行動を誘発することになる。ワイドショーなどで所謂専門家と呼ばれる人たちが発言する内容も、正直なところ、そこいらの人が言っていることと大差はない。もしかしたら急激に感染者数が増える恐れがあるなどだ。恐れがないとは言えないが、テレビ局の意向に迎合しただけの発言であり、単に人々の不安を煽るだけのものである。

マスコミ全般に言えることは、彼らの伝える情報はとてつもなく偏っていることだ。具体的な例をあげてみよう。この前の日銀総裁の会見場面である。

経済素人の私には会見の内容自体について語れることはない。ただ面白いと思ったのは、メディアのカメラシャッター音である。最初は何気なく聴いたいただけだったのだが、そのうちあるパターンに気がついて。どのような場面でカメラのシャッターがきられのか。そのパターンを知ってから、ほぼ100%でシャッターがきられるかを予想することができるようになった。

実に簡単なパターン。それは総裁が手をあげたりなど、派手なポーズをした時なのである。しかしこの会見の全体的な雰囲気としてはどうなのであろうか。随分と慎重だなが、私の感想である。日頃はすでに自分の頭の中でこなれていることを自由闊達に話すのに、この会見では、書類に目をやりながら、その書類を読んでいるような姿が目立ったのである。

メディアに掲載されるのは、当然のごとく手を振り上げたりなどの場面だ。この情報だけを見た人は、日銀が積極的な動きを見せたと感じるだろう。しかし実際はどうか。

株式投資をしている人などは、この会見全部を見ているだろうから、この日銀の政策に対して株式市場ではそれほどの反応を見せることがなかった。当然であろう。果たしてこの政策で効果をあげることができるのかどうか、日銀がそれほどの自信を持っていない、そのように判断し、株の買い注文とはならなかったわけである。

メディアがこのような情報の発信を続けていると、社会状況がより困難になった時、情報統制をよしとする人たちが増える可能性も十分に考えられる。それがどのような社会となるのか。メディアは改めて自分たちの役割を再考すべき時になっているのではないか。

→自分がとっている対策は、信頼できるメディアを確保しておくことである。個人的な好みであるが、現在は

The Guardian
https://www.theguardian.com/

である。

危機に対しての自分の行動:

新型コロナに対しての1番の安全策は、自分の部屋に一人で閉じこもっていることだ。しかし、それでは同時に社会が死ぬことであり、結局は最も安全でない策でもある。危険を認識しながらも通常の社会生活を送る必要がある。もちろんこれまでの社会生活と同じと言うわけにはいかないが。

行動と同時に、自分の考え方や感じ方も変えていく必要がある。ではどのような方向へ変えていくのか。先に書いたThe Guardianに役立つ記事があったので、その概略をここで取り上げてみることにする。

https://www.theguardian.com/us-news/2020/mar/19/coronavirus-anxiety-mental-health-wellbeing

興味のある人は各自で読んで欲しいところだが、基本の考えとして以下のものである。

→不安、心配をまずはそれとして認識すること
これとは真逆な態度が米国の札である。なぜ米国には新型コロナの感染者が中国がえりの一人以外はいないと言ったのだろうか。実際はわざと調査をしないだけだったのに。まさに不安や心配から逃れるために、現実を見ないことにしたわけである。そしてこのような態度がどのような結果となってしまうのか。

テレビを一日中見ていたり、何かを食べ続けていたりあるいは酒を飲んだくれていたり。このような現実逃避的な態度では、まず自分自身がダメになってしまうのである。

→現実と不安を混同しないこと
メーカーや販売店がどんなにトイレットペーパーが山積みされた写真を公開しても、トイレットペーパーの買い占めはいまだ続いている。なぜなのか。それは、不安と現実とを混同してしまうからだ。人のことは言えない。自分だってそうだ。

先に書いたように、まずは自分が持っている不安を直視し、次に必要なのは自分の不安の実態を自分で客観視することである。世の中には必ず人の不安を煽る奴が出てくる。その不安に駆られて盲目的に行動するのではなく、その不安の元となっている現実は何か。日頃から落ち着いて考える訓練をしていく必要があるだろう。

→具体的な方策は基本の考えを理解することから始める
このような現状となると、色々なハウツー的な記事が出回ってくる。善意から出ている行為であることは確かなのだが、先に書いた2つの全体条件がないと、逆効果になる場合もある。何をやっても不安が解消しないので、結局は不安から目をそらすようになってしまう、などだ。色々な対処方法を試す際には、この2つのことを念頭に置きながら実行するのが良いのではないか、

と私は思う。