醜いメディアの姿

醜いアヒルの子という童話があったかどうか。曖昧な記憶なのだが、アヒルの子供たちに混じった白鳥の子供が、その醜い姿で周囲から疎んじられるのだが、それが白鳥となって、逆に周囲をびっくりとさせる、そんな話ではなかったのか。

なんでこんな話を急に思い出したのか。きっかけは昨日の首相会見である。どのような会見かその中身は知らないが、大騒ぎになったようである。予定時間がきたから会見を打ち切るとのことで、出席していたメディアが騒いだ、そのようなことだ。

安倍の首相については、私は全く評価していない。しかしその理由は世間的なものとは全く違うのだが、それはまた後日の話として、その大騒ぎしたメディアについて、この話を思い出したのである。

内容は真逆なこと。最初は可愛らしい姿をした子供であったのだが、成長したらとんでもない醜い姿となった。今のメディアである。

新型コロナ以前の会見でこのようなことが起こったならば、それはそれで理解できないでもない。相手が弱っている状況で、こんなアピールをしても意味はないのではないか。アピールとはつまりのところ、自分たちメディアは人々のことを何よりも考えているのだ、そんなものである。

政治家あるいはメデイアからすでに問題は離れた。この社会の構成員である私たち一人一人がどのように判断し行動するのか。そのような時期なのである。アピールしたった聞く耳を持っている人は、メディアの身内だけだろう。多分。