できないくせに出しゃばるな、保健所は。

4月4日現在、都だけでの感染者増が100人を超えた。すでに本サイトでも何回も書いているように、この100という数字はとても怖いものである。どの国あるいは地域でも新型コロナ肺炎の感染者が100人を超えると、あとは急激に感染者数が増加しているからだ。

ついこの前までは日本の対策はうまくいっているように思われていたのに、この急激な変化はどうしたのだろうか。不思議に思っている人も多いだろう。しかしこれは当然の結果なのである。

保健所がこの新型コロナ肺炎対策ででしゃばってきたのが、根本の原因なのである。連中ができることはせいぜい食中毒の感染源を特定して、発生源となったお店などに業務停止命令を出すぐらいなのである。

今回のような人から人へと感染する場合では、保健所は無力なのである。それなのにでしゃばってくるから、このように。これかだどのようになるかわからないが、これが大惨事になるようになったら、保健所の連中はどのような責任をとるのだろうか。

まあ関係書類を焼き捨てるなどの証拠隠滅に走って責任逃れをする。そのような光景が目に見えるようだ。

新型コロナ肺炎についての私の予言は、残念ながら実現したようだ。

本サイトの記事などを連続して読んでいる人はいないだろうから、連続ドラマのように前回のダイジェストをまず書いておくことにする。

あれは3月27日の記事だったか。その記事で私が書いたことは、その日感染者の増加が100を超えたので、もうこれは危機的な状況である。一週間後にはその真実がわかるだろう。そのような話である。

本日は4月3日の金曜日。あの記事からほぼ一週間。現状はどうなっているのか。本日の感染者増加数は300を超えてしまったのである。

何故私が100という数字を出してきたかと言えば、諸外国の例からも患者数の1日の増加が100を超えるようになると、そのあとは急激に患者数が増えているからだ。何か日本が特別に対策がうまくいっているように行政はこれまで粉飾してきたのだが、私からすれば、特別日本の対策が優れているようにも見えない。それよりも動きの鈍さでは、他国以上なのではないのか。

この一週間、政府やその他の行政機関は何をやってきたのか。しょぼい布マスクの配布と人々へのお願いだけであろう。緊急経済政策についても同じ。やるやると言ってからすでに一ヶ月以上も経過しているのでは。何事も決められない連中ばかりで、この先も相当暗いことになるのではないか。

役人の言っていることを無批判に信じ込んで、某TみたいなSNSであたかも自分の考えのように発言している連中にも、恐れ入るばかりだ。

多分これからよっぽどひどい事態になることは確実なのだが、その根本原因は、この新型コロナウィルスの検査をちゃんと行ってこなかったことである。現在をどうか。どこにどれだけの感染者がいるのか、全く掴めていない状態である。これでは有効な対策など打てる訳が無い。

色々と屁理屈をつけて新型コロナウィルス検査をしないようにしていた保健所なのどの機関。その屁理屈を信じて日本の対策はよくやっていると思い込んでいる馬鹿者連中。

本当のところはどうかと言えば、検査をしないのではなく、検査ができないのである。何故か。冷静に自分で考えてみればすぐわかることである。

同じ感染症でも保健所の主な対象は食中毒である。今回の新型コロナ肺炎とは全く違うものなのである。食中毒の場合はどうだろうか。感染者の数が限定されていることである。感染者の人々から聞き取り調査などをして、共通の食べ物などを探し、感染源を特定する。それがある飲食店などだとしたら、業務停止命令を出して、そのお店の消毒をする。これが保健所の主な仕事なのである。ポイントは食中毒の場合には、食中毒になった人からその食中毒が別の人にうつることは滅多にないことである。感染源からそれぞれの人が個別に結びついているだけなので、感染源の特定も比較的簡単だと言える。

インフルエンザの場合はどうだろうか。保健所が乗り出してきて、感染源を特定したなどの話は聞いたことがない。こちらの感染症では人から人へうつるのが特徴であり、このような場合では、保健所が行ってきた手法では対処できないのである。また例え感染源である人を特定したとしても、それでどうにかなるわけでもない。すでに感染が広がってしまっているのだから。

インフルエンザの場合の主役はお医者さんである。感染している人を症状から特定して、治療するとともに決められて期間は出歩かないように注意する。こちらの場合にはこのようになるわけだ。

だから、そもそも保健所及びその上部期間である厚生省が、新型コロナ肺炎対策であたかも主役のように振る舞っているのは、原理的に間違いなのである。それでもでしゃばっているのは、役人特徴の縄張り意識でしか過ぎない。自分たちにはちゃんとした能力があるような演技をしているだけなのだ。

新型コロナ肺炎に関しては保健所的な手法が役立たないことは、現在の感染状況からもはっきりしている。感染源が掴めない感染者が増加しているからだ。特に問題となるのは、役立たないだけならばまだしも、逆に感染を広げる要因にもなっているのではないか、である。

この件に関して詳しく検討してみよう。

保健所が新型コロナウィルスの検査を拒んでいることが問題となっている。何故このようなことを起こるのだろうか。疑問に思う人が多いだろう。保健所としては自分たちは正当なことをやっていると考えており、非難する人たちに対しては、素人が何を言っているんだぐらいだ。

食中毒の例で考えてみる。ここに腹痛を訴えている人が10名いたとする。保健所にとって理想的な状況は、全員が特定の食中毒になっている時である。この状態ならば、10名が共通に食べたものなどを調べれば、比較的簡単に感染源を発見することができる。

腹痛はあるが食中毒かどうかはっきりしていない人が何人か混じっていたとしたらどうなるか。当然追跡調査はするのだが、食中毒でない場合は、その調査も時間の無駄となる。また余計なノイズが入ることで、感染源確定にも時間がかかってしまう。つまり、保健所にとって都合の良い人間は、はっきりと病気が確定できたものだけなのである。

発熱が4日以上続いたら検査の申込。病気の人に対しての対処方法としては信じられないくらいの話である。この新型コロナ肺炎では病状が急速に悪化するとの事例も多い。それでも保健所がこの方針をいまだ変えないでいるのは、食中毒の事例で説明したように、はっきりしない検査対象を増やすのがいやだからだ。つまりは全くの自己都合なのである。

人から人を辿って感染源を見つける。保健所のこの方法は現在の新型コロナウィルスにはなんの効果もなく、いたずらに被害を大きくしているだけである。

今求められているのは、信頼できるデータを集め、そのデータの分析から正確な対処方法を考案することであり、それこそ感染症の真の専門家がやることであり、保健所あたりの人間などには無理なことなのである。

もう出しゃばるのはやめて、どのように検査体制を充実していくのか、医療機関との連携はどのようにするのか。役人には嫌いな役目かもしれないが、裏方でそれこそしっかりと働いてもらいたいものだ。

 

新型コロナ関連記事終了のお知らせ

まあ誰も期待しているわけでもないので、黙った終了したって問題はないのだが、自分自身への区切りとしても明らかにしておきたいことは、

新型コロナ関連記事をこの記事を最後にして止める

ということである。

本サイトで展開してきた新型コロナ肺炎関連の記事で予想したことはほぼ現実化した。嬉しくない結果だが。

新型コロナ関連の数字隠しでTwitterなどが大騒ぎになっているようだ。中身を見たことはないのだが、予想されるに、数字隠しはないなどの反論が多いのだろう。

行政が数字あるいは数値を意図的に隠している証拠はないが、その数値が日本の現実をある程度正確に反映しているとは思えない。なぜならば、これまでの発表されてきたデータは新型コロナ肺炎の感染者数ではなく、新型コロナ肺炎の患者数なのであるから。

しかし、それでもこの数値には意味があった。患者数に限定されていたものだから、諸外国の例を参考にすれば、その数値から逆算して、おおよその感染者数はわかるから。

その数値も本サイトの記事で明らかとしてきた。かなりの数である。そしてその計算が間違いないことは、最近の急激な感染者数の増加である。すでに感染者は社会に拡散しており、それが明らかな現象として出てきただけなのである。

特に問題となるのは、これからの数値には全く意味がなくなってしまうことである。

これからの数値とは何か。院内感染あるいは施設内感染の事例が続出している。まず関係者の一人が発病して、その関係者と関係ある人たちが強制検査を受けることになる。そこから感染者が新たに発見される。現在の数値のあり方である。

つまり、以前とは異なり、感染者数=患者数ではなく、

患者数+偶然見つけられた感染者数

である。このような数字では、傾向さえ掴めなくなってしまう。事実を推論する手段を私たちは失ってしまうことになるわけだ。

死者数があるのではないか。このような反論もあるだろう。確かに死者数は客観性のある数字である。しかし、推論とする数値を見つけることが不可能なのである。新型コロナ肺炎の致死率については、諸国で大きな違いがある。その違いがどこからくるのか。複合した理由があるのだろう。日本の現状でどの数値が使えるのか、それは不明である。中国、韓国?あるいはイタリア。結果として出てくる数値は恣意的なものであり、役立つデータではない。

客観的なデータがないところで、いくら注意深く記事を書いたとしても、所詮はデマゴーグにしか過ぎない。そこで、これからは自分自身としては新型コロナ肺炎に関する記事は書かないと決めたのである。

これからの記事方向は、この危機の時代にどのように暮らしていくのか、そちら方面に力を入れた情報に特化したいと思うわけである。

英国の失敗が日本の失敗になる時が迫ってきた

現在は違うのだが、新型コロナ肺炎対策で英国は独自の方法を実行していた。乱暴な言い方とはなるのだが、ごまかしなしに言えば、

死ぬ人は死ねば良い

こんな方策である。英国の肩を持つわけでもないのだが、聞こえほどでたらめな方策でもない。ちゃんとした考えがあってのことで、無責任な行動ではないのである。

この方策の具体的な中身はどうなのか。

なるほどこの新型コロナ肺炎は怖い伝染病には違いないのだが、感染したした人が全てひどい症状となるわけではない。感染しての症状が出ない人あるいは症状がごく軽い人も多い。感染が広がっていくと、重い症状の人も出てくるが同時に、新型コロナ肺炎に強い人も出現してくることになる。そして予想では強い人の方が多いことになる。

その結果はどうなるか。新型コロナ肺炎に弱い人が二人いたとする。AとBである。Aが感染すると通常ならばBがすぐに感染することになる。しかしすでにこのウェルスに強い人が多数いる状態だと、AとBの間にそれらの人が壁のように立ちはだかって、そして感染が防げる。

このような考え方である。

随分と乱暴な方法なのであるが、利点がないわけではない。急速に感染が広がるが、しかしすぐに収束する、このような利点だ。中国ウーハンでの感染の中身は知らないが、期待していたのは、このことである。実際、ウーハンでは感染は現在のところ収束しているわけだから。

しかし現実はどうであろうか。この新型コロナ肺炎が都合の良いものではないことが、イタリアの例で明らかとなったわけだ。つまり適切な防御策を講じなければ、コントロール不可能に陥って、死亡者の激増など社会そのものが崩壊する危険性も生じるほどなのである。

だから英国もこれまでの方策を捨てて、他の諸国と同じような感染者隔離政策を中心としたものに切り替えたのである。この切り替えがうまくいくかどうかはわからない。感染者も死亡者も急速に増えているのだから。

日本の場合はどうか。あからさまに以前の英国式方策をとっているわけではない。学校の一斉休校も早い時期に実施しているわけだから。しかし、予防的な新型コロナウィルス検査をしていない点では、拡散を抑える方策が不十分であることは間違いない。

そして今の状況である。感染源が掴めない事例が多数発生している。社会にすでに新型コロナウィルスが拡散してしまっている状態だと言えるだろう。このような状態では大雑把な対応しかできない。いわゆる自粛行動であり、行政からのお願いでしかないので、守らない人もいまだに多数だ。メディアなどでは目立つ場所しか伝えていないので、自粛行動が成功しているように感じられるが、実際はそうでもない。近所の桜並木などでは、これまでの年と同様に花見宴会が盛りである。

4月の頭ぐらいの週がどうなるのか。安心できる状態でないことは確かである。

新型コロナは2種類?

某都知事の不用意な会見にも呆れるばかりなのではあるが、潮目が変わったというのは確かなことである。ではこの潮目はなぜ変化したのだろうか。以下は私素人の考えであり、特別な根拠はない。こんな考え方もあるのか程度に聞いて欲しいところである。

インフルエンザに何種類かあるように、今回の新型コロナウィルスにも何種類かあると、あるサイトに書かれていた。真偽のほどはわからないのだが、でたらめな情報を発信するサイトでもなかったので、真っ赤な嘘というわけでもないのかな、と私は判断した。

で、現在の世界状況である。センセーショナルな数字の発表が相次いでいるのだが、注意しなければならない点がある。それらの数字には共通性がないことである。例えば感染者数である。韓国の感染者数は日本より圧倒的に多い。数字だけ見れば、韓国の新型コロナ肺炎の対処は日本に比較して劣っているような感じを受ける。実際、そのように発言している人も多い。

しかし実情は全く異なる。韓国の感染者数はほぼ実態にあった正確な数字であると言える。日本の場合はどうか。発表されている感染者数のほとんどは新型コロナ肺炎の患者数なのである。つまりは、感染していても自覚症状が弱い人あるいは全くない人はこれらの数には含まれていないのである。

某都知事の考え方は、この把握できていない感染者がすでにこの社会には多数存在していて、その人たちを起点として感染が爆発的に増える段階に来ているというものである。だから無自覚症状が多いとされている若い人若い人と強調しているわけだ。

その考えは正しいかもしれないのだが、私は素人なりに別の考え方を持っている。それが新型コロナウィルス2種類説である。

当初、中国あるいは韓国が感染の中心地であったが、今や欧米が新型コロナ肺炎の中心地となっている。社会不安から多数の人が日本に帰国しているのが現状である。それ自体は当然の行為なのであるが、問題となるのは検疫体制である。この検疫体制が十分でないことは、すでに判明していることだ。これまでのことから。それから改善したのかどうか。していないであろう。通常通りの検疫体制。熱などの症状がある人だけを検疫するものだ。

数々の事例で、感染してから発症するまでの期間(潜伏期間)は人によりまちまちであることがわかっている。検疫所で症状がなく通り過ぎた人たちでも、感染している可能性があるわけだ。特に私が心配だと思っているのは、検疫所で感染したとわかった人が多くいることである。

飛行機という密閉された空間で、新たに感染者が発生したかもしれないし、当然のことながら新たに感染した人は症状を示すことなく、検疫所を通り過ぎることになる。そしてそれらの人が街中に出ることで、感染源となるのだ。

問題が多いことは確かだが、まだこれだけですめば良い。だが、私はもっと深刻な事態を予想している。ヨーロッパでの新型コロナウィルスと日本での新型コロナウィルスでは種類が違うのではないか。そして新たに持ち込まれたヨーロッパ型の新型コロナウィルスはヨーロッパと同じような事態をこの日本で引き起こすのではないか。そんな懸念である。

ヨーロッパと比較して特に日本の対策が優れているとは思えない。政府の対策にしても対策と呼べるものはほとんどない。発表された感染者数の少ないことから、人々の危機意識は他国に比較して低いと言わざるを得ない。

死亡率に関してはわからないが、感染力については、日本の新型コロナウィルスとヨーロッパのそれとは明らかに違う感じだ。ヨーロッパ型とも言っても良いだろう米国の例にしても。

新たな潮目とは、つまりのこと、このヨーロッパ型の新型コロナウィルスがこの日本で感染拡大すること。

上野公園など桜の名所とされるところでは確かに人では減ったのだが、近所の桜並木があるところでは、以前と同じような後座を敷いての花見宴会が行われている。多分宴会連中の中には、これで人生の桜の見納めになる人も多いのではないか、と私は危惧するわけだ。

自分そして大切な人を守るためのSocial Distancing

某都知事のメディア会見でもわかるように、役所などは人にお願いするばかりで自分たちは何をやるのか一向にこちらにはわからない。無策である。はっきりとわかったのは、このような連中をあてにしていたのでは、自分たちの生命すら危ういことである。買い占めに走っている人たちを非難する声もあるのだが、あの唐突な会見を聞けば、誰だって不安に思うだろう。自分の発言がどのような影響を与えるかも自覚できない行政の長では、もう話にもならない。

では私たちは何をすれば良いのか。新型コロナ肺炎に自分が感染しないと同時に他の人に感染させない行動をとることである。Social Distancingと呼ばれている行動のことである。簡単だがとても重要な行動なのだが、日本のメディアではほとんど伝えていない。素人見ないな人間たちが井戸端会議的な発言を繰り返している。このメディアも呆れるばかりである。

まあそんな話はどうでも良い。自分たちには関係ない人たちなのだから。今はそんなことを考えている暇はない。自分たちでできることに集中する時期だ。できること、それがSocial Distancingである。

どのようなことで実際何をすることがSocial Distancingなのか。最近よく言われているのは3密である。これは誤解を招く話なのだが、3つの密が重なり合ったところが危ないみたいに言っているのだが、現在のような状況では、それぞれの密で危険なのである。そろそろ重なり合ったところなどの表現はやめた方が良いだろう。

ここで抜け落ちているのが、個人としての行動である。Social Distancingで特に重要となるのが、人と人との間隔である。日本ではこの話がすっぽりと抜け落ちてしまっているので、人々がかなり危険な行動を平気で行っているのだ。

例えば電車の話。Social Distancingが徹底している国では、電車の座席も一つごとにばつ印が書いてある。人々が隣り合って座らないようにするためだ。日本では先にも書いたように Social Distancingの意識が希薄なので、相当空いている電車でもわざわざ隣に座って来るものもいる。これではどうしようもない。

人と人との間隔はどの程度がよしとされているのか。推奨されている距離は2メートル以上。これまでの感覚からするとかなり離れた距離である。そのくらいの距離を取らないと、今度の新型コロナ肺炎の危険性は避けることができないわけだ。

これも先に書いたことだが、3密の考え方は、ライブハウスの事例が出てきたからだ。間違ってはいないにしても、この3つが重なり合わないと危険でないような間違った考え方を伝えるものであり、ある意味危険的な情報でもあるのだ。

新型コロナ肺炎の基本は、あくまでもSocial Distancingであり、人と人との距離の取り方である。某都知事の不用意な発言で買い占めに走った人たちが多いようだが、これなどは馬鹿極まりない行動である。隣の誰かが感染している可能性が高い現在。そんな人混みで長時間いることは、まさに新型コロナ肺炎に感染しにいくようなものである。

これは私の昨日の経験なのであるが、桜並木を自転車で通っていたら、普段の変わらない花見客でごった返していた。歩いて通り過ぎる人が多いのならまだしも、後座を敷いて宴会騒ぎもあちらこちら。

早い段階で行政などがSocial Distancingの考え方を広めていれば、こんな光景はなかっただろうに。

他の人はどうか知らない。しかし少なくとも自分と自分の周りの関係者にはこのSocial Distancingを着実に実行していくつもりである。

都対応は残念ながら遅すぎたようだ

今更言っても意味のないことではあるが、本サイトでは随分前からオリンピック開催準備と新型コロナ肺炎対策を同時に狙うことは危険なことである、と主張してきた。

結局オリンピックは延期となったのだが、この間、都当局はオリンピック、オリンピックと熱心だったが、より重大である新型コロナ肺炎対策はどのようになっていたのだろうか。具体的な対策など何一つやっていなかったのではないか。

オリンピック延期が決まった途端、どうであろうか。某都知事などは新型コロナ肺炎に関して緊急会見などを開いて大騒ぎである。

騒ぐのはよしとしても、それならば何かちゃんとした対策も述べて欲しいところだ。ただ人々の恐怖心を煽っているだけでは、あまりにも無策である。第一、昼間自宅で仕事ができる人などは限られており、実行不可能な話をすればするほど、社会は混乱を招くばかりだ。

都知事選に向けてのアピール。いい加減にして欲しい。

残念ながら遅すぎたようで、ニューヨークのようにならないか、心配なところだ。

新型コロナ肺炎対策専門家会議が真に恐れていることは何か?

政府の新型コロナ肺炎対策専門家会議に対しての私の考えを述べるのは、別の機会にするとして、先日発表された会議の提言的なものについて、検討してみたい。

提言的なものについては各自で受け止め方が異なるだろう。私がこの提言的なものから感じたのは、強い恐怖感である。世界の感染者数増加傾向に比較すると、日本の場合は例外的に低いように感じている。だから特にこの恐怖感が異様に思えたのである。

新型コロナ肺炎は未知の感染症であり、今後を予測するのは極めて困難である、これが第一の理由。感染経路がはっきりしない事例が増えている、これが第二理由。それぞれの理由は理解できるのだが、それでもこの強い恐怖感の完全な理由にはなっていないのでは、と私は感じる。

こんなことを考えるようになったきっかけは、米国で最も急速に感染者数が増加しているニューヨーク州の記録を確認したからだ。次のような記録だ(日本時間3月22日現在)。

感染者数(検査陽性反応):10,356
入院患者数:1,603

そんなことまでわからなかったのか、と笑われそうではあるが、これまで私が思い込んでいたのは、感染者=入院患者である。しかし上記の数字でもわかるように、感染者の数と入院患者の数は違うのである。考えてみれば当たり前のこと。インフルエンザでも感染した人全てが入院するわけでもない。病気が重くなった人だけが入院となるわけだ。

日本の場合はどうなのであろうか。日本の場合は、この新型コロナ肺炎に関しては2種類のデータ群がある。国内感染状況とクルーズ船感染状況とである。

同じ新型コロナ肺炎原因にしては、随分と異なるデータ群である。最初、私が思ったことは、クルーズ船という特殊な環境下でのデータだから、違うのだ。そんなところだ。

しかしどうだろうか。クルーズ船のデータはニューヨーク州のデータと同じようなものであり、国内感染者数として発表されている数字とは違う種類のものではないか。そんな疑問が湧いてきたのだ。

日本国内の感染者数のその実態を考えてみよう。この患者数はどのようのメカニズムとして出てきているのか。患者数は現在は以下の方法で産出されている。

・症状が重くなり病院で検査された人
・新型コロナ肺炎患者として認定された人の家族などの接触者
・海外からの帰国者

2、3番目の数字は低いことが予想されるので、現在の国内感染者数とはほぼ

新型コロナ肺炎感染者=入院するほどの患者

であることがわかる。つまり、国内感染者数というのは正しい言葉の使い方ではないことになる。正しくは国内新型コロナ肺炎患者数であろう。

随分と乱暴な推論となるのだが、ニューヨーク州の数字を日本国内に適応したらどうなるのか。患者数の約7倍程度が感染者数となっている。ということは、

日本国内感染者数はすでに

7000人以上

である。少なくない数字だ。言葉は悪いのだが、自覚症状のない多くの感染者が野放しになっている状況である。この数字を発表することが良いことかどうかは、判断の難しいところだ。言えるのは、見かけの数字よりも事態は深刻であること。少なくとも「オリンピック希望の灯火」などという愚策は行うべきでないことは、確かである。

オリンピック開催のための数字隠しの意図がその背後にあるとすれば、これはまた言語道断の話でもある。国民の命まで犠牲にして開催する必要がどこにあるのだろうか。