漂流する日常:暴走事故が止まらない

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ある大きな事件や事故が発生すると、正義漢面した面々がTwitterなどに登場して、加害者なりをボロクソにする。それも大した根拠もなくマスコミの受け売り的な発言を繰り返すだけ。最近の私たちの日常風景です。

何を勘違いしたか、不満の吐け口としてSNSなどを利用している人間たちを除けば、こうも同じような事件や事故が続くと、多くの人は、この社会はこのままで大丈夫なのかと不安に思うことでしょう。わたくし自身がそうです。

ただただ不安に思っていても事態は好転するわけでもなく。過去の事件や事故について、それこそ前提条件なしでわたくしたち自身で考える必要があるのではないでしょうか。幸いにして今はネット社会。これまでは一部のものだけに独占されていた情報を簡単に入手することができます。前時代的なマスコミ(人を集めるだけが目的の集団)などに頼る必要もなく、条件は整ってきているわけです。

池袋プリウス暴走事故などでもわかるように、話が脇道にそれるだけで、本質的な問題点が議論されないままです。飛行機事故などに関しては、機体としての問題点と操縦士の問題点とが同じ程度で検証されるのが普通です。このような視点から、例えばボーイングの最新旅客機のコントロールソフトの不具合の発見に結びつくこととなり、同じような事故が起こらないようになるわけです。

今回の記事では、車自体についての議論は展開しないことにします。メーカーとしての責任についてはあとで触れる予定ですが。注目したいのは以前にあった立川の自動車暴走事故(2016年11月発生)です。この事故についての裁判記録を誰でも読むことができますので、運転手のミスとは具体的にどのようなものかがわかり、大変に有益なものだとわたくしは思います。

最近はあまりにも車の暴走事故が多いので、この立川の暴走事故も忘れてしまっている人の方が多いことでしょう。簡単に振り返ってみます。

夫が入院しており、その看護のため病院の行き帰りに車を運転している老女。事故発生時の年齢は、83歳でした。駐車料金の精算中に車を暴走させ、30代の男女二人を轢き殺した事件です。検察側の求刑は禁錮4年でしたが、年齢と事故後の対応が考慮され、禁錮2年の実刑となりました。罪が重すぎるとして高裁に上告しましたが、却下。その後のことはわかりませんが、多分刑はこれで確定したと思われます。

この判決文が重要だとわたくしが考える理由は2点です。一つは年齢と事故との因果関係を明確に否定していること。そしてもう一つは、運転ミスの中身についてはっきりと語られていることです。正直な感想ですが、この判決文がちゃんと報道されていれば、その後の同種の事故は発生しなかったかもしれません。たら話は今となっては無駄なことではありますが。

本判決文が年齢に関しての判断の根拠としているのは、事件の半年前に実施された免許更新手続きです。この更新手続きにおいて問題なしと判断されていたのならば、運転不適格ではないというものです。高齢者といっても人によりその状態は随分と異なります。免許返納などを警察は重点施策にしているようですが、むしろこの免許更新手続の中身を充実させた方が良いのではないかと思います。あるいは、年齢により免許更新の頻度を変えるとかなども、検討材料になるのでは。

運転ミスについて、判決文でわたくしが驚いた箇所があります。該当する部分を引用してみます。

ーーーーー以下判決文よりの引用

同精算機及びその下方の縁石に気を取られ,ブレーキペダルに乗せていた左足がアクセルペダルに移動していることに気付かず,ブレーキペダルと間違えて左足でアクセルペダルを踏み込んだ過失により,自車を急加速させて前方に暴走させ,さらに,進路前方の歩道上を歩行中の歩行者を前方約22.3mの地点に認め急制動の措置を講じようとしたが,自車を暴走させたことに狼狽し,再度ブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んで自車を時速約40㎞に加速させて前方歩道上に暴走させ,

ーーーーー以上引用終わり

オートマ車の運転をしている人ならば、多分この左足の存在が理解できないのではないでしょうか。ちなみに事故車はトヨタのアクアですので、外車というわけでもありません。オートマ車での運転ならば、右足だけで十分です。右足でアクセルとブレーキを使い分けるので、左足が登場する場面はありません。

ここで再び高齢者が問題となります。先の判決文でも書いてありますように、高齢と事故との直接の因果関係は認められていません。では何が関係するのか。それは高齢者などの一般的な呼び方ではなく、運転に関する記述が必要となります。それは運転歴が長い人。特にマニュアル車運転歴が長い人、ということになります。

わたくし自身はマニュアル車で免許を取得し、長い間マニュアル車で運転しており、オートマ車に切り替えたのはその後です。オートマ車に切り替えた際に迷ったのは左足の役目です。ギヤチェンジが必要ない=左足の役目はない、と頭ではわかっているのですが、どうも両足を使わない運転に違和感を感じてしまうのです。笑う人もいるかもしれませんが、ですから最初は両足でオートマ車を運転していました。立川暴走事故の老女のように。左足でブレーキペダル、右足でアクセルペダルです。

今から考えると、ゾッとします。これって教習所で習った自動車運転とかけ離れたものであり、つまりは自己流の運転ということになります。教習所で習った際は、左足はギヤ切り替えのためのクラッチペダルを押すために使うものであり、ブレーキペダルを踏むために使うものではありません。また同時に、オートマ車の両足運転はとても危険なものなのです。

当たり前の話ですが、自動車の運転の基本は、走ると止まるです。自動車の機能としてはアクセルペダルが走るでブレーキペダルが止まるの役割となります。通常はこの2つのペダル操作は右足だけで行います。マニュアル車でも同じです。右足だけで切り替えの操作を行うと、走ると止まるが明確になります。止まるためにはアクセルペダルから右足を離してブレーキペダルを押すことになります。どちらかのペダルを押している、行動としては単純なものです。

左足がこの操作に加わると、途端に話が複雑になります。そして動作が複雑になると、例えばパニック時などには対応できないわけです。そもそも、先にも書きましたように、自動車教習所で運転を習った際には、左足はブレーキの役目ではありません。ですから、老女のように左足でアクセルペダルを踏んでしまうような、とんでもない間違いが発生してしまいます。

池袋プリウス暴走事故に関して、わたくしにはどうしても理解できない点があります。飯塚加害者の言葉が真実だとすると、「アクセルペダルが戻らない」ということはどのような事態なのでしょうか。

現に車が暴走しているので、車を緊急に止める必要があります。右足運転ならば、アクセルペダルからブレーキペダルへ右足を移動させます。ですから、アクセルペダルが戻っているか戻っていないのかは、この時点ではわからないことになります。飯塚加害者の場合、考えられることは、両足運転です。つまりはアクセルペダルに右足がずっと乗っている状態です。

この時には左足はどのようになっていたのでしょうか。これも先に書いたことですが、教習所で習った際は左足はブレーキの役目ではありません。つまり、このような緊急の際には、条件反射的に左足がブレーキペダルを踏むことができないわけです。したとしても、老女のようにとんでもない間違いを起こしてしまうとか。

さてここで車の問題に視点を移していきたいと思います。わたくしのオートマ車経験の始まりがとんでもない間違いであることは、すでにお話しました。わたくしの場合は車種はホンダのもので、両足で運転するのがとても窮屈に感じて、そこで右足運転に切り替えたわけです。ここで注意して欲しいポイントは、上記のようなわたくしの行動は、全て自分の判断で行った、ということです。ですから、もしあの時窮屈に感じていなければ、今でも両足でオートマ車を運転していた可能性が大きいのでは。

ネット上の情報でなるほどなと思ったのは、プリウスのブレーキペダルとアクセルペダルの位置を他社メーカーの車と比較したものです。あくまでもわたくしの感じではありますが、プリウスの場合は、車の中央寄りにブレーキペダルがあるように思えます。

これが運転にどのような影響を与えるのか。プリウスには実際に乗ったことがないので、不確かなことではありますが、見た感じでは両足運転してもさほど違和感がないかもしれません。プリウスを運転している人たちに聞いて見たいところです。

機能的には問題ないが、動作的に問題があるかもしれない。これが車に関しての実情ではないでしょうか。メーカーとしての苦しいところは、利用者はメーカーが思っているような使い方をしてくれないことです。ですから重要となるのが、アフターサービス的なものであり、具体的な使い方についてなど、メーカーとしては当たり前のように思っているところでも、わざわざHPなどで説明する必要があるのです。

安全な使い方のような情報を出すと、当社の製品が危険なように思われてしまうのでは。このように考えるひとも多いようです。しかし、実際に何かが起こってしまってからでは、どんな対策も無意味となり、またその損害額も莫大になる可能性もあります。やはりここは利用者の利便第一での対処が必要ではないでしょうか。

いつまでも同じような事故が続く。社会全体が機能低下に陥っているのかもしれません。まさに漂流する日常の世界。

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