本の散歩道:ナゾの漱石

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夏目漱石については、知らない人の方が多いかもしれません。その漱石ですが、皆さんはどのようなイメージを持っていますでしょうか。お札の肖像画などでお馴染みである、いかにもロンドン帰りの洒落た背広姿の漱石。そして我輩は猫であるや坊ちゃんなどのユーモア小説。そのあたりでは。理解しやすい文豪です。

しかし、興味に惹かれてちょっと深く夏目漱石を探ってみると、途端にわからなくなってしまいます。大学の教授職を投げ打って、朝日新聞社に入社。当時の新聞社は社会的な評価も低く、教授から新聞社の社員になるなどは、考えられもしないことでした。特に漱石の場合は、社員と言っても新聞小説を書く社員であり、これもまたびっくりすることです。

ナゾはここから始まります。当時の新聞購読者層はどのような人々であったかはわかりません。わたくしのような一般大衆だったのでしょう。新聞小説はそのような一般大衆の娯楽と提供されるものだり、現在でいえばどこかのテレビ局の大河ドラマのようなものと思われます。

現在の大河ドラマが毒にも薬にもならないようなものであることから考えても、新聞小説もそのようなものだった。それほど間違った推論ではないと思います。ですから、ちょっと毒はありますが、我輩は猫である、あるいは坊ちゃんのような話が展開されていれば、まあ予想通りの展開となるわけです。

しかし、実際に漱石が書いていた新聞小説はどのようなものなのでしょうか。全くの予想ハズレです。妻と自分の弟の不倫関係を疑って、二人を無理に旅に行かせようとする主人公の話。主人公から金を巻き上げようとする、養父母の話。話の中には、主人公格の人間が自殺してしまうのもあります。未完に終わりましたが、主人公の妹が、義理の姉への腹いせで、主人公が昔の恋人と落ち合う算段までしています。

テレビの大河小説などではとても考えられない内容です。さらに驚くのは、読者からは大人気で、だから漱石は文豪と呼ばれるようになったわけです。そしてこのところがわたくしには最大のナゾなのです。

文芸に関してはそれほどの知識もなく、ナゾはナゾのまま残っていましたが、偶然に図書館で見つけた本で、謎解きの方向性についてのヒントを得ることができました。評論家である柄谷行人氏の「漱石論集」:岩波文庫です。正直のところ、氏の評論は難しく、ちゃんと理解したとはとてもいえませんが、それでも、考える道筋を知るには、わたくしにとってはとても役に立つものです。

この本では斬新な視点が色路と提出されているのですが、わたくしの関心ごととマッチしたのは、漱石の新聞小説は小説ではなく「文」である、というものです。詳しい話は是非この本を読んで欲しいところですが、わたくしなりの解釈では、つまりのところ、漱石は西洋的な小説から影響を受けたのではなく、江戸時代から続く日本の文芸の伝統に沿って文を作った、ということです。

興味深いのは、同時代の小説家(西洋における小説概念の信奉者)からの批判として多いのは、漱石の小説は小説ではない、というものです。まさに批判は的をえたものであり、漱石の新聞小説は実際には小説ではないのです。

小説でないとしたらなんなのか。次に起こるのはこの疑問です。文人画での文です。源氏物語などにも通じる、日本が独自に育ててきた物語や文の世界。

ここで話は急に飛びますが、漱石亡き後の朝日新聞の連載小説を受け持ったのは誰でしょうか。漱石のすぐ次という訳ではありませんが、受け継いだのは、吉川英治氏です。そして氏がこの新聞小説で展開した話は、色々とありますが、代表的なのは平家物語を氏独自の視点で作り直したもの。

さて、話は随分と長くなりました。日本独自の物語世界が、現代の小説世界に生きているのかあるいはもうすでに死に絶えてしまったのか。次の機会にお話ししてみたいと思います。

 

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