坊ちゃん状態の私達

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最近夏目漱石の「坊ちゃん」を読みました。何を今更と思う人もいるかもしれません。理由はおいおい話すとして、まずはこの坊ちゃんんがどのような小説かを紹介したいと思います。読んだことはあるが、すっかり内容は忘れてしまった。読んだ気になっているだけ。そんな人のためにです。

この小説の主人公である坊ちゃんは、母親に早くに死なれ、父親や兄にボロクソに言われながら育っていくことに。唯一の慰めとなるのが、年老いた下女である清。彼女だけは坊ちゃんを高く評価しており、何かにけ気にかけてくれる存在です。

将来の希望もない坊ちゃんですが、父親の遺産が手に入ったのをきっかけとして、物理学校に通うことになりました。無事卒業したら、学校からの紹介で地方の中学の数学の教師として赴任することになります。このあたりは大学卒業と松山の中学に赴任した漱石の体験が下敷きになっているのでしょう。

さてその赴任した中学ですが、実はとんでもない陰謀めいた動きがあり、呑気な坊ちゃんはよく事情も飲み込めないまま、騒動に巻き込まれていくのです。

さてここからは、なぜわたしが坊ちゃんを再読しようと考えたのか、現在の私達を取り巻く状況が、この坊ちゃんとよく似ているなと感じたからです。疑心暗鬼の世界。色々な情報が錯綜しており、何を信じて良いのかわからない状況です。この前の池袋プリウス暴走事故。加害者である飯塚老人に非難の矛先が向かっていますが、その騒ぎの中、またもやプリウスによる暴走事故が発生。またもや運転手がボケていることを原因にしようとしている感があります。流石に65歳となると、ボケで処理することは難しいかも。

坊ちゃんの話です。坊ちゃんを取り巻く人物群像(中学赴任後)は、次のようになります。まず学校関係者から。校長は狸。教頭が赤シャツで教頭の腰巾着的なものが、図工の教師である野だ。数学科の主任が山嵐。おとなしい先生である、うらなり君。このうらなり君が実は騒動の中心なのです。あとは生徒達。また別の騒動の原因とあります。あとは下宿関係のお婆さん。不思議な存在は美人のマドンナです。

うらなり君とマドンナは婚約者的なものでしたが、うらなり君の家が傾くことになり、赤シャツがそれに乗じてマドンナを奪うことになります。坊ちゃんが学校に赴任した時の状況です。赤シャツはこの小説では徹頭徹尾腹黒い人間をして描かれており、これからおこる騒動の黒幕とされています。

まずは、邪魔なうらなり君を山奥の中学に放り出す。うらなり君の件で、赤シャツを非難した山嵐を追い出すために、中学校と師範学校の生徒間のいざこざをわざと起こして、責任を山嵐と坊ちゃんになすりつけます。山嵐は即刻クビでしたが、坊ちゃんはそれほど害がないと判断されたのか、別段の処分はありませんでした。

そのまま黙っている両人でもなく、赤シャツと野だが良からぬ場所にでいるしていることを突き止め、二人が帰るところを途中の道で捕らえて散々殴りつけます。警察を呼ぶなら呼べと言い残してその場を去った、山嵐と坊ちゃん。次の日に警察も来ることもなく、坊ちゃんは学校をやめて東京に帰ることになりました。

昔読んだ時には、山嵐と坊ちゃんとの復讐劇のところで、ある種の爽快感を感じたには違いません。しかし今回の読後感はどのようなものでしょうか。山嵐と坊ちゃんはこの復讐劇で気持ちは晴れたかもしれませんが、それだけのこと。赤シャツも野だもとんだ災難でしたぐらいの認識で、この後も同じような生き方を続けるはず。マドンナなんかとくっついて。

ではどうすれば良いのか。わたくしにもその方策はわかりません。ただしTwitterなどで飯塚老人加害者元職員をせめても、なんの意味もないことははっきりしています。聞く耳を持たないものは絶対に聞く耳を持つことはないから。赤シャツのようなものです。少なくとも、そのようなものには、自分自身の時間もお金も全くかけないこと。これだけは確かなことです。

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