信メディア、反メディア、非メディア

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直接の被害者の方にはとんでもない災難ですが、老人の自動車暴走事故や右折車と直進車の衝突などは、今では珍しくもない話です。しかし、メディア要素が加わると、とんでもなく大きな問題となってしまいます。池袋プリウス暴走殺傷事故や大津園児殺傷事故などです。

池袋プリウス暴走殺傷事故では、加害者の伝え方についてメディアに批判が殺到しました。大津園児殺傷事故では、被害者側である園長先生などに対しての、会見での報道陣による心無い質問が問題視されました。これに秋篠宮家陰謀説を加えれば、最近の注目記事が全部メディアがらみであることがはっきりします。

わたくしとして不思議に思えるのは、これほどメディアへの批判が高まる中でも、メディアを利用することに関しては、それほど変化がないことです。例えば、この前の園長先生の記者会見についてのSNS上で気になったことがあります。

・家の帰ってテレビをつけてみると、幼稚園側が記者会見を開いていた。
・メディアからの園長先生への心無い質問が続いた。

特別何を見る目的もなく、帰るとすぐにテレビのスイッチをつけてしまう行動。嫌な画面が流れるのなら、途中でテレビを切ってしまえば良いのに、そのままみ続けてしまう。後者については、会見のあまりのバカバカしさに途中でテレビを切ってしまった人もいるようですが。つまりは反メディアと言っても、メディアを必要としていることです。

秋篠宮家陰謀説をネットなどで言いふらしている人も、最近は多いです。このような人はメディアが流す情報を鵜呑みにしている点では、信メディアに属する人でしょう。この人たちにとってメディアが必要不可欠なのはもう当然のこと。多分メディアがなければ自分の考えさえもないかもしれません。

昔学校では、クラスの何人かの家にはテレビがありませんでした。すでにテレビが一般化していた時ですので、テレビが買えないということではありません。友達のその発言を聞いて、随分とつまらない家ではないか、と思いました。すでにわたくし自身がテレビの世界にどっぷりとつかっていたわけです。

わたくしのテレビあるいはメディア中毒は随分と続きました。転機となったのはコンピュータを使い始め、そしてプログラミングにまで手を出したあたりから。メディアなどで最先端のコンピュータ知識を仕入れるのは無理で、ちょうどインターネットが広がり始めたので、そちらの世界に行ってしまったわけです。ある意味の非メディアの世界です。

何もここでわたくしのつまらない自慢話を展開するつもりはありません。ネット利用が主だとしても、メディアでのニュースヘッドライン程度は読んでいるわけですから。

わたくしが言いたいことは、メディアをこれかも利用するかどうかは個人の問題だとしても、せめて利用時に意識的であるべきだと、いうことです。しかしながらこれが難しい。すでに習慣化しているからです。家に帰ったら何にも考えもなくテレビのスイッチを入れてしまう。その気持ちもよくわかります。

話はそれますが、最近読んだ小説でテレビのことに関して、面白いところがありましたので、こちらをちょっと紹介させていただきます。本谷有希子の「異類婚姻譚」。結婚4年目の主婦(サンちゃん)が主人公の小説。結婚した旦那についてのところです。少々長くなりますが。

ーーーー以下引用

「サンちゃん、俺は、テレビを一日三時間は観たい男だ」
私は初婚だが、旦那はすでに一度結婚に失敗している。前の奥さんの前ではだらしなさを隠し、いろいろと格好をつけてしまったせいで疲れてしまったらしい。それで、サンちゃんには本当の俺を見せたい。えらく真剣に打ち明けるので、私もうっかり喜んでしまった。

テレビというのがバラエティ番組を指すとわかったのは、その日の夜のことだ。三時間というのも誇張ではなく、食事と晩酌の時間を最低限当てる。まるで画面から味でもするみたいに吸いついて飽きもせず眺めている。「本当の俺」をさらけ出させたいらしい旦那はその後も何かにつけて、「俺は家では何も考えたくない男だ」と宣言するまでになってしまった。

ーーーー以上引用

小説らしい誇張という訳でもなく、あなたの周りにもこのような人がいるのでは。あるいはふと気がつくと自分がこの旦那のようになっている。考えたくないためにテレビを見るのだが、実は頭はそれほど休息している訳でもなく、逆に変な考えに洗脳されている。これが習慣的にメディアを利用している人の本当の姿ではないでしょうか。

難しいメディア習慣化から逃れるためには、何をすれば。簡単な方法があります。まず、習慣変更が成功するための基本中の基本を理解しておく必要があります。簡単に簡単に進めることです。間違っても、今日からテレビや新聞は観ないと決めてかかってはダメです。第一、メディアもいろいろであり、全てのメディアがダメな訳でもないから(園長先生会見でもわかる通り)。

テレビのスイッチをつけようと思いついたら、まず10分間だけ行動を休止。本当に観たい番組があるのかどうか考えます。それからテレビをつければ良いだけです。簡単でしょう。その結果がどうなるか。楽しみながら試して観てください。10分ぐらい我慢はできるでしょう、テレビなんか。

多分、これから。ちゃんとしたメディア批評が各自でできるようになるのは。今の現状では、外から来る刺激に対しても、むやみに反応しているだけは。その反応内容が一見素晴らしいように思えても。

最近わたくしがよく引用するSNS文がありますので、ここに掲載しておきます。

・会見をきちんと見られましたか? カメラを向いた時涙は一滴も出ていませんでした。「嘘泣き」という事実について言及しただけです。人は本当に悲しい時涙が出なくてもおかしくないのに、わざわざあそこまで「泣く」のは演技に見えてしまいます。園長先生が「責任逃れ」とか言ってる訳ではありません。

ちゃんとして意見のように見えながら、話の内容は実に空疎なもの。心のそこからの冷たさを感じるものです。決めつけて後から屁理屈を展開する。こんな人が近くにいたら恐ろしい。

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