運転手なんかは信用しないこと

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池袋のプリウス暴走事故に続いて、また大津でも悲惨な事故が起こってしまいました。大津園児殺傷事故です。お遺族のかた、障害を負ったかた、そして関係者のかた。お気の毒しか思いつく言葉もありません。

当事者の悲しい気持ちなどお構い無しに、話はとんでもない方向に進んでいます。意味もない被害者側の会見と、ばかマスコミの質問。果ては、記者会見で園長先生が嘘泣きしたのかどうかの議論。仮に嘘泣きの園長さんだとしても、何か問題が。わたくしとしては、久しぶりにキヨきよしい話でもあります。嘘泣きでマスコミをばかにしてやる。いいじゃないですか。関係もない連中になぜ本当の涙を見せなければならないのか。嘘泣きについて馬鹿騒ぎしている連中はまさにばかなのです。

さての本題。当事者の方々について非難するつもりは毛頭ありませんが、わたくしが日頃行なっている事故防止策を検討していただきたいと思います。

最近はわたくしはもっぱら自転車で移動していますが、乗る時の際には何回も自己確認しています。車の運転手などは絶対に信用してはならない、です。いくら相手が悪くても、死ぬのはこちら側。文句の一つも言えません。

保育士になるような方々ですから、根が本当に優しいのでしょう。車を運転している人は、十分気をつけて運転していると。そのように思われているかもしれません。まずはそのような幻想を捨てることです。

まずわたくしが日頃行なっていることは、車とすれ違うような時は、なるべく遠方から誰が運転しているのか確認することです。馬鹿な車メーカーのやり方で、なるべく運転手が見えないような窓ガラスを使っていますが、よく見れば運転手の大体の様子はわかります。言葉は悪いですが、耄碌ジジイかババア、あるいはスマフォ片手の馬鹿女馬鹿男などなど。普通の常識では運転不適合に思えるのが、結構います。現実です。

人間の能力とは不思議なもので、そのような意識的な運転手を見ていると、運転具合もわかるものです。駅の構内で不審な動きをしている人間がいれば、すぐわかるでしょう。車も同じ。不審者が運転している車なんか、思った以上に多いので、そのような人間かどうか見分ける力が必要です。

技術力のない車メーカに対して、運転手だけではなく歩行者に対しての優しい車などは望んでも無駄なことは、百も承知。であるならば、せめて誰が運転しているのか、外からもはっきりとわかる窓ガラス程度の工夫はしてもらいたいものです。まあこんな人間が運転しているのかと、逆に怖い世界になるかもしれませんが。

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