令和が始まりメディアが終わる

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平成が静かに終わり、令和が賑やかに始まりました。どんな時代になるかは誰も予想できませんが、何かをしなければならないと、覚悟を新たにした人も多いのではないでしょうか。わたくしとしては、ネット上の言論で顕在化している社会の分断がどうなるのか、気になるところです。

匿名性を基本とするSNSなどの発言は、批判の域を超えて、すでに言葉の暴力となっています。互いに相容れない世界です。外国産のSNSがこの国に上陸した際は、単に、珍し物好きの人たちだけが利用するものでした。SNSが一挙に広がったのは、3.11の東北大震災です。その時のSNSは、必要とされた人々のつながりを実現し、多大な効果を発揮しました。それがいつの間にか現在のような状況となっているわけです。

メデイアがこのような分断状況の原因だ、とは言えません。しかし、この傾向を助長したのはメディアではないか、そのようにわたくしは考えています。

平成の終わりに2つの事故、事件が発生しました。「東池袋プリウス暴走事故」と「お茶の水女子大学付属中学不審者侵入事件(以下お茶の水事件)」です。2つの事故、事件には相互の関係はありませんが、メディアの報道姿勢が問題視された点では、共通のものがあります。加害者への不可解な特別配慮と事件そのものの動機を作ったのではないか、このような疑念です。

まずは、東池袋プリウス暴走事故。被害者の方々および関係者の方々には失礼な言い方かもしれませんが、わたくしがこの事故の一報を耳にした時思ったことは、「また高齢者による暴走事故か」程度のものでした。今では珍しくもない事故ですから。

しかし、いくつかの関連する記事を読んで、不自然さを感じました。加害者である87歳老人という言葉を特に強調しているからです。まだ事故の本当の原因がわからない時点で、これほど強調するのはどうか。そのような考えで、批判する記事を作成し本サイトで公開したわけです。「池袋プリウス暴走事故」>>

事故の詳細がわかるに連れて、結果的にはわたくしの推論は的外れに。87歳老人を強調したのは、別に理由があって、加害者が国家公務員だから一種の加害者隠しなのではないか。そのような意見をネット上でも見かけることになりました。そう言えば、メディアによっては〇〇さん付けにしているところもありました。ひどい事故を起こした人間を流石にさん付けで呼ぶのはどうか。

まあ一報に関しては、どうせどこかの通信社の記事を買って垂れ流しただけなのかもしれません。しかし、わたくしが醜いと思ったのは、ネットでの大騒ぎが知られるようになってからの、メディアの反応です。ネットで今大騒ぎになっていると、自分には関係ないように伝えるメディア。知らないうちに加害者の名前だしをしているメディア。伝え方に関しての批判に関しての反論。特に反論の場合は、何も知らない素人がごちゃごちゃいうな的なものが多いのが特徴です。

運転していた本人が入院して逮捕されていないから、さん付けにしたなど。そして氏名を報道するようになってからも、あくまでも呼び捨てを避けるような、意味のわからない元院長などの肩書き。到底わたくしには理解できないメディアの態度です。簡単に、飯塚なにがし加害者(87歳無職)で伝えれば良いのでは。加害者であることは警察も確定しているわけですから。

ただわたくしが今回考えてみたいことは、メディアの特異な報道姿勢ではありません。メディアの巧みな誘導が効果を発揮したのか、ネット上ではネットではなく加害者への批判がエスカレートしていることです。匿名であることをいいことに、こうまで人は悪くなれるかの見本であり、加害者一家を心中にまで追い詰めるような発言も多数見受けられます。*えせ国粋主義者の炎上覚悟の発言など笑い話も含めて。

これらの発言の特徴を検討してみると、ほとんどがおうむ返しの発言であることがわかります。すでに言われていることを、また別の人が恥ずかしげもなく同じ発言しているのです。別段自分独自の考えがあるわけでもなく。
*飯塚容疑者を擁護する発言もあるそうですが、こちらは尚理解できません。

ではこのような発言の特徴はどこから来たのでしょうか。メディアから、とわたくしは考えています。例えば芸能人などが何か問題を起こすと、連日連夜同じことをくどいほど出演者が話しています。まさにネット上の発言も同じようなもので、自分こそは正義である的な顔をしているのです。

言葉の暴力にしても決して許されるものではありませんが、懸念してるのは、このようなメディアのあり方が、実際の暴力を生み出すのではないか、ということです。このことを端的に表しているのが、「お茶の水事件」です。

少し前までは雅子皇后叩きに明け暮れていたメディアが、どういった風の吹き回しか、今度は秋篠宮家一家を袋叩きにするような勢いで、女性週刊誌とそれに付和雷同するネットメディア(Bなんとかジャーナルなど)が批判を展開しています。

お茶の水事件の犯人の動機は、天皇制に対しての批判などとぼやけた説明になっていませんが、その根本のところは、女性週刊誌のデマ的な話を真に受けたバカな野郎の犯罪ということになるでしょう。秋篠宮家を標的にしていることから、当然のごとく判断できることです。

匿名性のSNSでの発言を読んだ人ならば、上記の話は出鱈目な話ではないことが理解できると思います。女性週刊誌の記事内容を鵜呑みにして、批判的な発言を行なっている人たちが、びっくりするほどいます。そのうちの何人かは今回の犯人のように実力行動に出ることは、十分予想できることではあります。

問題は、皇室関係者の話などの確認もできないソースを盾にして、なぜこのような本当か嘘かわからない情報を女性週刊誌などは展開するのでしょうか。その理由は、ヘイト発言をSNS上で繰り返していた、どこかの税務署所長の考えると、明らかとなるでしょう。

ヘイト発言をしていると多くの賛同者がいて気持ちがよかった。元所長の言葉です。そしてわたくしとしてびっくりしたのは、匿名性のSNSではありますが、フォロワーが数万人いたことです。ヘイト発言を聞いてどこが面白いのだろうか、わたくしには到底理解できないところです。

男女同権の今の世の中で、女性週刊誌などはいかにも時代遅れの感じ。多分、読者も大幅に減って経営的にも苦しいのでしょう。元所長のように、秋篠宮家へのヘイト発言をすることで、読者の集めようと悪あがきをしているのかもしれません。しかし、自分らの記事内容がとんでもない事件を引き起こしているのではないか、メディアを名乗っているならば、その程度の自己検証は必要ではないのか。

ネットメディアであるBなにがしジャーナルの記事で、「国民の敵」といった発言がありました。まさに戦中の非国民的な発想と同じものです。正直のところ、誰がお前に国民の代表を委託したのか、聞いてみたいところです。情報を独占できたメディアの時代はとうにすぎて、今は誰でも多面的な情報を得ることができる時代です。令和の時代が良い時代になるとすれば、それは自主的に判断し、自主的に考える人が増えてこそ、達成できるのではないか。メディアの情報を鵜呑みにしてくだらない発言をしている人間がいる限りは、これも実現は難しい理想かもしれませんが。

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