令和がより良い時代となる理由

Posted on

新しい元号として「令和」が発表されました。それぞれの人でこの言葉に対しての感想があると思います。私としては、この元号自体というよりも、これまでの歴史からみた、元号と社会の関係です。元号とは単なる記号であり、その元号で称される社会の実態とはなんの関係もない。もっとも意見のようには思えますが、社会はなにも客観的な事実だけで動いているものではありません。その時代に生きている人々の考え方や感じ方を色濃く反映しているもの。元号がその社会での時代精神的なものを反映しているとしたら、元号が社会と密接な関係にあるというのも、それほど間違いではないでしょう。

元号とその社会情勢との関係。残念ながら、それほど良いとは言えません。直近の例で言えば、平成という元号。時の政府が元号を発表するのは史上初のことですが、その発表者である首相が残念ながらすぐになくなってしまいました。字として表現していることが、ことごとく裏切られました。平である平和。これほどの天災や人災が発生した時代も珍しくはないでしょうか。成となるともっと悲惨です。全くの経済的な成長がなくなったのは、この時代です。気が付いてみると、平成最後では、後進国だとバカにしていた中国が、今ではGDPがこの国の2.5倍ともなっています。道理で、最近は尖閣諸島問題についてマスコミが口をつむっているはずです。

昭和にしても、同じこと。平和で明るい時代を望んでいたのに、結果は悲惨なものです。その後の経済成長なども、結局はバブル崩壊で消えてしまいました。

令和という時代はどのようになるのでしょうか。預言者では私はありませんので、わかりませんが、正直なところ。平成のようなだらだらと衰弱していくのか、あるいは急に奈落の底に落ちてしまうのか。

先の元号と社会との関係で考えますと、私としてはこの令和というものを評価しています。メディアなどでは色々と屁理屈めいた話を展開していますが、この元号の意味は、それらの所謂識者の説明などは必要ありません。

令和の令は律令制の令。つまりは奈良時代の政治制度を思い起こすものです。和は当然ながら現首相が理想としている戦前の昭和の和です。つまりは過去ばかりをみているのがこの令和という元号なのです。

だから、私が評価するのです。元号と社会は逆の動きをする場合が多いということならば、まさに未来に向けて、現状はどうであれ、力強く歩み出す社会がひょっとして登場するかもしれません。で、どうなるのか

(Visited 623 times, 1 visits today)