さびしきものは花見桜

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今年の3月も今日明日の二日間だけとなりました。当然のことですが、この時間は永久に過ぎ去ってしまうものです。以前にエッセイの書き方的な記事を作成しましたが、自分自身ではエッセイ的な文章をほとんど書いていないに気がつきました。そこで今日からはエッセイ的な文章も投稿記事として書くことにしました。

文章の難しいところは、自分がそう思っても実際には書けないことです。エッセイを書き始めようと先には言いましたが、早速引っかかってしまいました。一体何を書けば良いのか。疑問ばかりが浮かんで来て、答えが見つからない。

これは最近学んだことですが、俳句的な発想を取り入れるとエッセイ的な文章も書きやすくなることです。俳句的な発想とは具体的には季語のことです。これから季語については説明していきますが、この季語には多くの人が興味を持ちそうなテーマがたくさん含まれています。ですから、何も書くテーマが見つからない時には、季語の辞典である歳時記をパラパラめくってゆくと、意外と簡単にテーマが見つかったりします。

では季語とはどのようなものなのでしょうか。文字通り季節の言葉なのですが、これでは漠然としていて過ぎて、よくわかりません。季節の言葉なのですが、分類されている季節の言葉です。その分類とは以下となります。

・時候
・天文
・地理
・生活
・行事
・動物
・植物

どうでしょうか。これらの分類を見ているだけでも、何か自分でもエッセイ的な文章が書けるような気がしませんか。この分類で私にとってわかりにくかったのは、時候と天文の違い。多分多くの人もそうではないかと思いますので、これにも少し説明を加えておきたいと思います。

具体的な季語で話した方がわかりやすいと思いますので、秋を例にして、いくつか関連季語を掲載してみます。

・時候:秋
秋 秋の朝 秋の暮れ 秋澄む

・天文:秋
秋風 秋の雨 秋の空

時候は、季節そのものやあるいはその季節特有の特徴を表現する季語です。天文はあるいは天気と言い換えるとよくわかるのでは。

季語の説明辞典である歳時記を持つことで、エッセイなどにも気楽に挑戦できるようになると思います。

早速ではありますが、私自身でこの季語を活用したエッセイに取り組んでみたいと思います。ちょうど花見の季節ですので、そのあたりのことを主題として書いてみます。尚、エッセイ的な文章を書く際に本文を書くまえにそのエッセイ的文章のタイトルを決めてしまう人がいます。これはあまりお勧めできません。どうしても平凡なタイトルとなってしまうから。さて、開始です。

今年、東京での桜の開花日は3月21日でした。例年より7日早いとのことですので、これでは3月中に桜も散るのかなと思っていました。ところが月末となり寒い日が続いています。昨日の土曜日などは雨交じりで2月ごろの陽気に逆戻り。4月の第1週あたりまで、桜がこれで楽しめそうです。

桜といえば花見。皆さんはどのような花見を予定していますか。花見桜では、私はいつも芭蕉のこの句を思い起こします。

さまざまの事思ひ出すさくらかな

花見というと毎年恒例で、上野公園あたりのどんちゃん騒ぎが放映されます。別段それらの楽しみを批難するわけでもありませんが、私自身、記憶に残っている花見は、芭蕉の句のようにある種寂しさを伴うものです。

例えばあの3.11後の桜の時期。震災で犠牲となった多くの人々あるいはその関係者への配慮。あるいはこの先どうなるか原発大事故の行方(今現在もはっきりしない)への不安。例年ですと大にぎわいの石神井川沿いの桜並木にも、誰も花見客は見当たりませんでした。皮肉なことに、その年の桜はいつにも増してきらびやかでした。だから逆に一層の寂しい光景となっていました。

東海道五十三次で有名な安藤広重には、晩年の風景がシリーズとして名所江戸百景があります。私自身、風景画シリーズ的なものを描こうと計画していますので、参考までに、このシリーズ画を検討してみました。このシリーズの中で有名なものは、ゴッホが油絵で模写した亀戸天神の梅図などがあります。花見に関しては、飛鳥山北の眺望が有名なところ。現在の北区飛鳥山公園あたりを描いたものです。

この絵を最初に見たときには、正直なところかなりショックでした。遠くに筑波山を望む広大な風景なのですが、逆にそれだけにこの絵の主題ともなっている花見がいかにも寂しい感じで描かれているから。花見を描いているということで、もっと華やかな場面を想像していたから。

芭蕉の俳句を最初に知ったときは、いかにも芭蕉らしい独特の視点だと思いました。つまりは、花見といえば世間的にはどんちゃん騒ぎなのだけれども、私(芭蕉)にとってまた別なものだという視点。しかし広重のこの風景画を見てからは、その考えも変わりました。江戸時代の花見は、世間的にも寂しいものであると。

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