SNS事件簿:余計な一言が命取りに

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昨日宿泊の男子学生4人組に由布院の良かった所を聞くと「下の湯です!」と即答。そこは町で唯一の公衆混浴温泉。彼らが入浴中に若い女性が入ってきたそうです。一生の想(おも)い出になったとか。世界の女性陣には知って欲しい。皆さんには特大の魅力が備わっているという事を!

またかという感じがしないでもありませんが、最近のSNS騒ぎがこれまでと違って来ているところが気になるところです。これまでのSNS騒ぎの基本は、確信的なものです。このような発言をしたら不快な思いをする人たちがいるだろうと、はっきりと認識しながら、その手の発言を繰り返していたわけです。

最近のSNS騒ぎでは善意とまでは言いませんが、本人としてはそれほど悪い発言だと思っていないようです。だから逆に問題の根は深いとも言えるかもしれません。何よりも恐ろしいことは、今回の温泉地の騒ぎのように、私たちも気がつかないで同じようなことを行なってしまう危険性があることです。現にこの発言をした人物は自分では気がつかないで他の人に注意されて騒ぎになっていることを知ったわけですから。

この発言者に追い討ちをかけるつもりは毛頭ありませんが、なぜこのような発言が出てしまうのか、私ごととして検討してみたいと思います。

この文章の構造を考えてみると、2つの部分で成立している事がわかります。学生たちの経験談と発言者の意見表明とです。つまらない経験談ではありますが、この経験談だけで終わっていれば、これほどの騒ぎにはならなかったでしょう。問題部分は後半部分の意見表明です。

この文章を読んでわかるのは、経験談と意見表明とにはなんのつながりもない事です。さらに不可解なのは、全世界の女性陣などとのありもしないものに呼びかけているのか、という事です。

ここからは私の推論です。仮にこの学生たちの話が事実だとして(私としてはかなり疑っていますが)、その後に意見表明的なことを書くのは、SNSでの発言に対しての大いなる誤解がその根底にあると考えます。SNSは自己アピールする場であり、だから自分の意見を表明する必要がある、このような誤解です。

自己アピールを否定するものでは、私はありません。現にSNSで自分で描いた絵画作品を発表しているから。しかしその目的は、自分の技量を自慢するものではありません。私の絵画の主題は身の回りの事物であり、このような作品を作る目的は、大げさに言えば生きていく楽しみを表現するものです。SNSで作品を発表する目的は、この楽しみが共有できたなら他の人にも役立つのではないか、それだけのことです。もちろん、その結果、作品が売れれば誠に嬉しのですが。

究極の話をすれば、そもそも自己アピールをしたいならば、当サイトのように自前でシステムを構築し自前で費用を負担して、広くネット世界に発言していくべきことなのです。他人が作ったシステムに安易にのっかての自己アピールは意味のないことかも。SNSに参加するのであれば、目には見えないけれども確固として存在するコミュニティーに対して、有益な情報を提供することに徹底したらどうでしょうか。温泉地で暮らし生きているのならば、もっと有益な情報が提供できるはず。本来関係のない自己アピールの要素が加わるから、結果このような事態となるわけです。

人の注目を集めたいだけの狼少年は、いい加減SNSの場から退場してほしいものです。

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