日本3分割論の行方あるいは竹田家の崩壊

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戦後、連合国各国でそれぞれ日本を分割して統治する考えもありました。幸か不幸かわかりませんが、沖縄以外は、一つとして存続することになりました。沖縄は米国の属州扱いとなったのです。今回の記事で考えてみたいのは、このことではなく、将来的に起こるかもしれない日本の分裂(分割統治)についてです。

3.11は小説界にも大きな影響を与えました。直接、間接的に3.11を主題にした小説が増えてきた訳です。そして興味深いことは、いくつかの小説は未来社会を描いたものが登場してきたことです。SF小説を別にすれば、一般的な小説で未来のことを語るものは少なかったので、これは目立つ現象です。

なぜ未来を描くのか。それは3.11の災害としての独自性からです。3.11はこれまでも数多くあった、自然災害の一つではありません。原発事故も加わった、天災+人災の大規模災害です。そして特に原発事故はこれから少なくとも50年、あるいは100年間に渡って、この国に大きな影響を与えることは間違いありません。つまり、以前の未来像と異なり、現実的な未来なのです。その切実さから、未来を語る小説が増えてきたと言えるでしょう。

小説ばかりではありません。この問題は私たちそれぞれが考える必要のあることでもあります。いくつかの小説に影響されて私が考えることが、今回記事の主題とした日本3分割論なのです。まず日本3分割論の概略をお話ししたいと思います。

3つの異なる勢力で日本は3分割されて、分割されたそれぞれの地域が、それぞれの勢力で運営されるもの。その3つの勢力とは、
・日本独立派
・中国友好派
・米国友好派
を、私は想定しています。

日本独立派については、多分一般的な理解とは異なると思いますので、後ほど説明を加えることにします。

分割論なんて奇想天外で馬鹿らしい話だと、多くの人はすぐにこのように反応することは間違いありません。しかしよく考えてみると、それほど出鱈目な議論でないことが理解できるかもしれません。

そもそも統一国家日本というのは、明治維新後に作られたイデオロギーにしかすぎません。日本史上、もっとも強大な権力を握ったとされる江戸幕府にしても、各地域の実効支配は藩という独立した組織でした。ですから、長州や薩摩など江戸時代末期に力を伸ばしてきた藩勢力に、江戸幕府が打ち負かされるような事態が発生しました。分割あるいは分裂は、まさに古来からの日本の自然なあり方なのです。

戦後の成長期のように、社会全体が豊かな方向に向いているときは、色々な矛盾点も自然と解消してきました。このような時代は、流石に分裂の機運はしぼんでしまいます。しかし3.11は最悪な時期に発生した最悪な災害だと言えます。つまりこの日本が衰退期に入った時に発生したのです。矛盾点が自然に解消されるのではなく、矛盾点がより先鋭化していくことになります。

福島の原発処理作業にはこれから数十年もかかり、莫大な費用が予想されます。衰退国家の一般国家予算では処理できなくなり、原発特別税金が発生するかもしれません。最悪な予想としては、原発処理の作業に強制的に駆り出される制度ができるかもしれません。人手の不足が生じるだろうから。そしてその場合は、概ね高齢者が対象になるのではないでしょうか。若い働き手は、国の経済を担うものとなりますので、経済効果がない原発処理には老人が最適とされる訳です。

すでに人々の関心が薄れているところでこのような施策が実行されると、国内で深刻な意見の衝突が起こり、その結果として、いくつかの利益を共通する集まりが生まれて、それが結局のところ、日本3分割に至るというシナリオです。3分割とはあくまでも適当な数字であり、現実化した場合には、数値も変化することになるでしょう。

予想とした3分割のそれぞれの特徴ですが、先にも書きましたように、日本独立派については、説明を加えておく必要があるでしょう。この派の担い手となるのは、今社会に目立つようになった似非日本主義者では全くありません。国家のことを憂慮している。日本の伝統を復活させる。これらの主張は、単に自分たちの利益だけを考えての主張です。このように考える根拠は、本記事のおしまいのところで述べるとして、世界に伍して日本独自の生き方を探ることになる、この派の政権運営では、もちろんそのような人たちは必要とされません。

日本独自の生き方を探っていくことでは、それが軍国主義的な国になるとは限りません。冷徹な判断が必要とされますので、平和的な外交主体の国になるのか、あるいはある小説にあるような鎖国体制となるのか。予想することは困難です。

さて話は変わりますが、JOC(日本オリンピック委員会)の会長である竹田なにがしかの退任が本決まりになりそうだとのこと。賄賂疑惑が持たれており、外国警察に捕まることを恐れて、外国での重要な会議にも出席せずに、日本国内に隠れているようでは、まあお話しになりません。そしてこの竹田なにがしの息子が、似非日本主義者として出鱈目な発言を繰り返しています。この会長疑惑に対しても、これは外国勢力による陰謀であり、父親はこの陰謀に引っかかっただけである。このような主張です。違う考えの人に対しては実にえげつない発言を繰り返しているのですが、自分の身内となると途端にこのようなもの。先にも書きましたように、このような人たちの発言を真に受けることが、いかに馬鹿馬鹿しいかの典型的な例です。

陰謀ということでは、本当かどうかはわかりませんが、このような説があります。次期天皇は、オリンピック関連の公式の場で、竹田なにがし会長と同席するのを極端に心配している。このような説です。もっともな心配と言えます。

竹田なにがしおよびその息子に関しては、元皇族などの称号的なものがついています。事実関係をはっきりさせれば、竹田なにがしの父親は確かに皇族でしたが、戦後皇籍を離脱しており、竹田なにがしが生まれた時は、単なる民間人だった訳です。したがって竹田なにがしの息子は、それこそ皇室とは全く無関係な人間であり、嘘とまでは言いませんが、元皇族というのは多分に誤解を招く言葉なのです。

問題はそればかりではありません。竹田なにがしの息子が主張することは、象徴天皇のあり方を真剣に探っている現天皇家の考え方とは真っ向から対立するものです。そのような竹田家の人間と公式の場で同席することは、その竹田家の主張を認めたこととして理解されてしまうのではないか。あるいはこの竹田家の人間たちにより都合よく利用されてしまうのではないか。

外国勢力の陰謀がどうのこうのという前に、自分たちのこれまでの言説が必然的に招いた事態だと、竹田なにがしの息子はそう思うべきではないでしょうか。

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