書きながら考えてみる

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小説家のエッセイ的な本が好きです。ことによったらその小説家の小説そのものより好きかもしれません。その小説家にとっては不本意かもしれませんが。なぜそれほど好きなのか。漠然とした答えではありますが、そこに人間が描かれているから、ということになるでしょう。

考えてもみてください。親しいと考えている人、例えば親や友人でも、その人たちが実際何を考えて暮らしているのかは、よくわかりません。何が好きなのか。その好きなものに対してどのような考えを抱いているのか。私の両親はすでに亡くなってから久しいのですが、このあたりのことが全くわからないのが、とても残念なところです。

さて、その人間が描かれている小説家のエッセイですが、日常行動なんかの話も好きなところです。また他の芸術作品(絵画など)についての論評的なことも作家によっては書いてあるので、これも楽しみです。例えばクレーと吉行淳之介氏との関係など。勿論、客観的な事実を知るには美術研究家の話が役立つのですが、小説家の絵画論が面白いのは、やはり作る立場からの洞察は研究者ではできないところで、私自身もその画家を別の視点からみることができるようになったりするわけです。

色々な面で興味が持てる作家のエッセイ集ですが、とりわけ私が注目するのは、作家による小説の書き方による話です。これは画家である私には一種の驚きです。私なら自分の絵の描き方について語ることはないから。

私自身もすでに本を何冊も書いているのですが、驚いたことのもう一つは、作家の小説の書き方が、自分とは全く違っているところです。私の場合は、本といっても実用書の類であり、小説とは異なるジャンルのものです。ですから違っていて当然なのですが、その違いが大きすぎて驚いたわけです。

私の書き方と小説家の書き方のどこが違うのか。それは、

私の場合は、考えて書く
作家の場合は、書きながら考える

この違いです。もう少し具体的な話をしましょう。私の場合、本を書く際に最初に行うのは、構成案づくりです。本の主題となるのはほとんどがグラフィックソフトの使い方解説なので、例えば以下となります。

・基礎編:ソフトの概要を説明する
・応用編:実際にこのソフトを使いながら、高度な作品を作る手順解説

大まかに分けて、それからさらに細く分けて構成案を作るわけです。勿論応用編などではまずは作品を作ることが最初となり、それからその作品作成のプロセスを分解して、構成案とします。

この構成案ですが、誤解している人はこの構成案が決まってから、最初から順序よく書いていくのではと思うようです。そのようなことはなくて、その時々の本により異なりますが、最初に応用編てきなものを仕上げて、それから逆に基本編を書くことはよくあることです。迷路図というクイズがありますね。このクイズ、私はほとんどやりません。答えがすぐにわかってしまうから。別段、特に私しが頭が良いというわけでもなく、ゴールから逆に辿っていくと、正解である道順がすぐにわかってしまうだけですから。

さて作家の小説の書き方です。全ての作家の小説の書き方を系統的に調べてはいませんので、あくまでも自分が読んだ範囲での話だと考えてください。

小説特に文章量が半端ではない長編小説の場合、以前に私が思っていたことは、全体的な構成(プロット)を決めてから実際に小説を書き始めるのではないか。自分が実用書を書く場合のように。しかし、話は全く違って、2、3のとっかかり(街で見た光景や人の話)を得たら、すぐに書き始めるとのことです。その時点では勿論、話がどこへいくかましてや結論がどのようになるのかも、書いている作家自体がわからないとのこと。こちらが思ってもいなかった書き方なのです。

ではなんでこのような書き方をするのか。ここまで説明しているエッセイに出会ったことがなかったので、これは長年の疑問でした。ところが最近読んだ本に、作家による事情的な話がありましたので、やっと納得した次第です。長くなりますが、本から引用させていただきます。

ーー大江健三郎賞8年の軌跡:文学の言葉を回復させる→講談社
■大江氏と受賞作家である本谷有希子との対談で本谷氏の発言より引用

頭で意味を考えた瞬間に、それを後から追って書くのは、つまらない行為に感じられて、どうしたら無意識に問題だと感じていることを浮かび上がらせられるだろう、と以前から考えていたんです。意味をなるべく考えないために、ある程度のスピードを保って反復を繰り返し、自分をどんどんと空っぽにしていって、その状態で生まれたのが、この短編集です。

ーーー引用終わり

まさに私が考え実行している文章の書き方とは逆の考えです。なるべく考えを減らす。面白いと思います。

主題も違えばまた人も違えば文章の書き方も異なるのは当たり前。自分にあった方法を選べば良いのでは。このような考え方も確かにあるでしょう。しかし、また別のことを私は考えているのです。

実現できない記事テーマとして「文章の書き方」というものがあります。自慢ではありませんが、長年多くの本を書いてきた経験があるので、このようなテーマでも読んでもらう人には有益な情報があるのではないか、と考えたわけです。しかしながら、何回挑戦しても完成したことがないのです。その過程でわかったことは、自分にはなるほどグラフィックソフトを使って高度な作品を作る能力はある。ビジネス的にもこの能力で活動しているわけだから。しかし文章についてはどうだろうか。語るべき能力もないのではないか。そのような思いが強くなってきました。

つまり、私自身で色々な記事を書いているのですが、果たしてこの書き方が正解なのかどうかが現時点では不明瞭となっています。そこで、作家などが文章を書くことについての話題を取り上げている時には、少しでも参考になるのではないかと考えることになります。

だんだんとではありますが、本サイトで公開している記事については、書きながら考える方法も取り入れながら、意識的に文章作成の方向性を現在変えているところです。その成果はどのようになるのか。実感できたところで改めてその体験をレポートしてみたいと今は考えています。

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