風景の見方が変わる→名所江戸百景を読む

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歌川広重の名所江戸百景を下敷きとしながら、現在の東京風景をシリーズ画として展開したいとの計画しています。実現するかどうかはわかりませんが、ただ概略だけは決まっています。情けない話ではありますが、条件を落として描くという方針です。百景は無理なので、12景ぐらい。また東京だけにマトを絞ると難しいので、自分が住んでいる地域も含める、こんな具合です。自分が住んでいる地域を含めるとは、具体的には三多摩地域のことです。自分が育った場所でもあるし、東京であることは間違い無いので、問題にはならないでしょう。

さてこの計画の下準備のために、あたらめて名所江戸百景図版を眺めてみました。いくつか気がつく点もありましたので、今回の記事では思いつくままにそれらの点について語ってゆきたいと思います。

歌川広重と言えば東海道五十三次の連作です。正直のところ、私自身では、この名所江戸百景の作品があることさえ知りませんでした。そしてこの名所江戸百景に出会ったのも、別段歌川広重を調べていたからではありません。去年2018年の春頃は藤沢周平氏の小説作品を集中的に読んでいました。ちょっとしたきっかけがあったので。その小説を読みながら、江戸時代の人々の暮らしを知ってみたいと思ったのか、多分検索で「江戸時代の花見」と入力したその検索の一つが、名所江戸百景の一つです。その時の感想は、花見にしては随分と寂しい絵だなでした。

今回、あたらめて名所江戸百景をみてその考えは変わりましたが、しかし同時にわかったことは、同じ作者でありながらも、東海道五十三次とは随分と描き方が異なることです。どこが違うのか。わかっていたと思っていた東海道五十三次もまた謎として登場したきました。なぜ江戸時代の人はこのシリーズに惹かれたのか。そこで興味は東海道五十三次に移ることになります。

絵の楽しみは、その絵が描く独特の世界に空想を遊ばせることですが、そのほかにも色々な楽しみ方があります。その一つが謎解き。当たり前のようにみている絵画でも、実は深い謎が隠されています。推理小説でも絵画を主題としたものは多いですが、このあたりがその理由でもあります。

東海道五十三次の名所を描く。広重のこのシリーズには謎はなさそうに思えますが、ちゃんとした謎はあるのです。例えば、各場面は実際に広重が見て取材したのかなどです。もう一つの謎が先に書きましたように、江戸時代の人々にこの絵が大変魅力的にうつったその理由です。

江戸時代ともなると一般庶民の間でも観光旅行(物見遊山)が盛んになりました。東海道五十三次も今の観光絵葉書的な役目があったかもしれません。しかしこのシリーズが人気が出たのはそれだけが理由では無いと思います。つまらない言い方かもしれませんが、描き方がこの時代のニーズにあっていたのかもしれません。

以前にも有名な場所を紹介する絵画は色々とありました。古くでは雪舟の天橋立であり、京都を描いた洛中洛外図屏風も有名です。ここで時間のある人はそれらの絵をネットで検索して見てください。東海道五十三次の絵も並べて見るのがよりわかりやすいと思います。以前の絵画での視点は、空から眺めた図。いわゆる鳥瞰図です。ある場所全体を表現するには、効果的な表現手法の一つです。

東海道五十三次はどうでしょうか。写真という表現手法を知った私たちには、それほどリアルには感じませんが、描く視線という観点からすると、これらのシリーズ画は、カメラマンの視線で描かれているものです。広大な風景を描くいくつかの例外(大井川)はありますが、その場にたった人間の視点で描かれたものです。旅行者の視点で描かれた絵画。それがこのシリーズが人気を得た理由だと、私は考えるわけです。

そろそろ名所江戸百景に話を戻したい時です。これも先に書いたことですが、このシリーズのある一枚を見た時の私の率直な感想は、寂しい絵だということです。なぜこのように感じたのか。今ではその理由がよくわかります。やはり広重=東海道五十三次が頭にあったのか、臨場感のある絵画を期待していたのですが、そうではなかった。これが理由です。

ここで少し遠近法についての説明が必要かもしれません。西洋の遠近法とはまさにカメラ視点で場面を描くことです。意外に思う人がいるかもしれませんが、江戸時代の作である東海道五十三次も基本的にはこの遠近法を活用したものなのです。東洋には遠近法的な表現方法はなかった、このように思っている人が多いのは事実ですが、それは間違いです。東洋の絵画にも遠近法はもちろんあります。ただし表現方法が違うのです。

もっともわかりやすい例としては、長谷川等伯の松林図が良いでしょう。霧の中の松を表現した絵画です。西洋的な遠近技法で表現すると、松の木の根元は前後でも同列になっている必要があります。しかし等伯の絵はそのようにはなっていません。遠くの松は画面の上に描かれています。つまりのところ、東洋絵画での遠近法とは、画面上部にあるものが遠くにあるもので、近くのものは画面の下に表現されるわけです。

どちらの遠近法が優れているかどうかの比較は、意味の無いことです。それよりも重要なのは、それぞれの遠近法でどのような表現が可能になり不可能になったかを考えることです。

西洋的な遠近法では、遠くのものは小さくあるいは前景にあるもので隠されてしまいます。眼に映る即物的な風景です。しかし風景で私たちが感じることは、前景にあるもの=価値があるもの、後ろにあるもの=価値がいない、といった単純なものではありません。試しに松林図の画面上方に描かれている松をとったとしてこの絵画を再度みてください。画面の深みが消えてしまうのがわかると思います。遠くのものにも大きな価値があるわけです。

さて色々と遠回りしてきたようですが、肝心の名所江戸百景の検討に入りたいと思います。全部を見てもらうとすぐにわかるでしょうが、このシリーズでは、東海道五十三次のような固定した視線というものはありません。それぞれの場所がそれぞれ異なった視線で描かれています。画面の上方に遠くのものを描く東洋的な遠近法で描かれたものもあれば、西洋的なカメラ視線で描かれたものもあります。特に特徴とされる視線は、クローズアップです。例えば亀戸梅屋敷など。しかもこれは単なるクローズアップではありません。全体的には西洋的な遠近法で描かれているのですが、その効果を打ち消すようにして、中央に梅の木が大きく描かれているのです。

まさに自由自在な視線の冒険とも言えるこのシリーズは、広重60代初めのころのものです。シリーズが完成する前に、彼自身はコレラで亡くなってしまいます。このあとはどのような展開があったのか。それが見られないのは、とても残念なことであります。

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