街の中華店から個店への時代

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多少意地の悪い感じもしますが、街伝説の一つに潰れない中華屋さんというものがあります。どうみてもお客さんが入っていなそうな中華屋さんでも、潰れないでお店を続けている、そんな話です。理由を聞いてみると、それほど不思議でもないことです。

その理由とは、持ち家で営業しているので賃貸料などの固定費がない。家族経営なので人件費を抑えることができる。意外と出前が繁盛している。などです。簡単に言えば出て行くお金が少ないので、入りお金が少なくてもやっていける、ということです。

しかしながら、最近この中華屋さんにも異変が起きているようです。以前住んでいたところにもこの手の中華屋さんが何軒かあったのですが、久しぶりにその地に行ってみると、「しばらく休業します」などの張り紙のある中華屋さんが増えているのです。どうしたのでしょうか。

その最大の理由は店主の高齢化と後継者不足であると、ネット情報などでは言われています。確かにそうだと思うのですが、何か納得できない気分でもあります。

大きな枠組みとしてはやはり商店街の崩壊ではないか。そのような感じです。中華屋さんを取り巻く商店街の店々も大概は家族経営です。ですから食事の用意なども大変であり、結局のところ、便利な近所の中華屋さんを利用することになります。商店街の食堂的なものである中華屋さん。これも強みの一つでしたが、全国的な商店街の衰退が最終局面にきたのか、さしもの中華屋さんもここにきて廃業するところが増えているのが現状です。

ちょっと先行き暗い話ではありますが、暗いばかりではない明るい話もまた登場してきています。商店街を脱却した飲食店が増えてきていることです。

イートインと呼ばれるスペースを設けるスーパーやコンビニが増えています。買ったものをその場で飲食するスペースです。この種のスペースが登場した当初は、自分としてはこんなところを利用する人なんかいるのかな、とい反応でした。しかし最近驚くのは、このスペースを利用している人たちがかなり多いことです。これは自分だけの経験なのかもしれませんが、大部分はお年寄りが多いようです。

なぜでしょうか。自分も考えてみました。失礼な言い方かもしれませんが、一種の交通難民が集まっているのではないか。それが推論です。最近は高齢者ドラバーに対しての風当たりが強いようで、このような人が増えているのでしょうか。自分たちにも関係ない話ではないので、気になるところです。

バリヤフリーなどと最近は騒いでいるようですが、これは単なる施設だけの話ではありません。日本の暮らし自体がバリアありの状態で作られているので、解決には暮らしむき自体が変化しないと難しいところがあります。駅中心や郊外中心が今の生活の基本です。ですから交通手段を奪われた高齢者の方々にとっては、随分と味気のない暮らしとなってしまいます。日常での楽しみの一つである外食もわざわざ駅前に行かなくてはできないわけですから。使いそうもないと思ったイートインが意外と盛況なのは、近所に外食するようなお店がないからでしょう。

最近は住宅地などの一角にお店がぽこっとできたりするのを見かけます。こんなところでお客が来るのかと、いつもながら保守的な考えの自分は考えてしまうわけですが、これも結構盛るようになっています。まあ正月ということもあるでしょうが、そのようなお店の一つであるお蕎麦屋さんをのぞいてみると、満杯でした。

これまでは想定された人の流れに沿って飲食店などがありましたが、どうも違う動きも出てきたようです。散歩をしながらそれこそ近所の喫茶店などで一休みをする。もちろん、中華屋さんだって欲しいところです。

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