読書の旅:大江健三郎「自選短編」

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大江健三郎氏の「自選短編」を読み終えました。2014年発行で岩波文庫本です。読み終えるのに意外と時間がかかりました。文庫本としては大分厚い本なのですが、理由はそればかりではありません。いつもなら一気に本は読んでしまうわけですが、この本では日よっては数ページなどのゆっくりとしたペースで読んだからです。本書のあとがきで大江氏が書いていますように、2013年には氏が自らの最後の長編と呼ぶ本が出版されて、これまで書いた本の全部の見直しをし、その結果出来上がったのが、この自選短編です。ですから氏の文学的な遺書とも言えるかもしれず、それなりの読み方が必要だと思い、色々と考えながら読んでいたら、自然とスローペースとなったわけです。

さて自選短編です。小説のあらすじを話しても意味がないので、この本を読んでの感じや考えを中心に述べていきたいと思います。私自身は文芸の専門家ではなく単なる画家にしかすぎませんので、その点はご了承願います。

リアルとバーチャルが複雑に絡みあったのが、氏の小説世界だと思います。このように書くと何が素人がという反応があるでしょう。小説自体がそもそのそのようなものだ、という意見です。

夜中の2時ごろ、昼からの雨がまだ降り止まずにいる。家のものを起こさないようにそっと玄関をでる。近くのコンビニに行くためだ。事実は同じにしてこれを小説的に変形すると、
夜中の2時ごろ、昼からの雨がまだ降り止まずにいる。家のものを起こさないようにそっと玄関をでる。最近できた近所のコンビニには、気になる店員がおり、この時間の受け持ちだからだ。

現実の起こったことはそのままで、動機付けを変えることで小説的にする。よく使われる手法ですが、この意味でのリアルとバーチャルの関係が大江氏の小説だと、私は言いたいわけではありません。

バーチャルである小説を書くことにより、現実であるリアルな事件あるいは事象を引き起こしてしまう。そしてそのリナルな事象が今度はバーチャルである小説を変えてしまう。このような関係が氏の小説世界にはあるのではないか。そのようなことです。

初期短編のブロックの最初と最後の小説を見比べてみます。実質的な氏の作家デビュー作である「奇妙な仕事」と「空の怪物アグイー」です。どちらも学生アルバイが主人公の小説ですが、前者は病院で飼っている犬殺しの仕事であり、後者は精神に偏重をきたした作曲家の監視が仕事です。

作曲家が精神の偏重をきたしたきっかけとなったのが、生まれてきた子供の脳に障害があり、手術の過程でその赤ん坊がなくなってしまい、それが精神の重荷となったわけです。相当以前の話とはなりますが、この小説は読んだことがあります。ただその時は全くの架空話だと思って読んだのですが、氏の最初のお子さんが小説と同じような障害を持って生まれていたことを知ったのは、随分とそのあとであり、驚いた記憶があります。

最初の小説を書いたことが、障害のある子供が生まれたというわけではないでしょう。しかし、氏としては何かしらの関連性があると思ったのか。最初の小説の枠組みで小説を書き直したと言っても良いかもしれません。何よりも不思議なことは、小説では死んだことになっているこの障害のある子供が成長してから作曲家になったことです。リアルとバーチャルが行き交う交差点、それが大江氏の小説世界だと、ここでも思うわけです。

リアル=バーチャルな氏の小説世界をより端的に表しているのが、シリーズ短編である「雨の木」です。このシリーズは個人的にも思いで深いものがあります。いつの間にか氏の小説は読まないようになっていたのですが、この雨の木が出版されると、まずその題名に惹かれて購入しました。何かしらポーのアッシャー家の崩壊を思わせる不思議な感じの小説であり、久しぶりに小説のおもしらさを楽しんだわけです。

この小説が面白いのは、この小説を書いて出版することで、大学時代の旧友(ある意味では批判的な知り合い)と会うことになり、そこでまた次の小説へ展開してゆくことになります。作者にとってはそれほど喜ばしい展開ではないとは思うのですが。

まだまだ語りたいことはありますが、このくらいで切り上げておきたいと思います。終わりに一つお話ししておきたいことがあります。なぜ、以上で書いてきたことを、この小説で思ったかです。最近興味があるのは、人とその行動のつながりです。以前は、まあちゃんとした自分があって、その人間が作品(自分の場合は絵画)を作り出していると考えていました。その自分が不完全なことはわかっているので、何かしら研究して能力の向上などをはかっていました。しかし最近考えるのは、人は何かを作ることで、同時にその人自身も変容するのではないか、ということです。まさに大江氏が小説を書くことで、氏自身の人生が大きく変化したように。

だからどうなのか。そのことの結論を今得ているわけではありませんが、今運営しているこのMORU55サイトの行く末でそのことが明らかになるのでは、という期待はあります。

 

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