書き直しが人を成長させる

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「奇妙な仕事」「飼育」「セヴンティーン」「「雨の木(レイン・ツリー)」を聴く女たち」など、デビュー作から中期の連作を経て後期まで、全二三篇を収録。作家自選のベスト版であると同時に、本書刊行にあたり全収録作品に加筆修訂をほどこした最終定本。性・政治・祈り・赦し・救済など、大江文学の主題が燦めく、ノーベル賞作家大江健三郎のエッセンス。

今現在、大江健三郎氏の「自選短篇」という本を読んでいます。岩波文庫の本なのですが、文庫本にしてはかなりの厚手(ページ数はおよそ800ページ)なので、読み終わるのはまだまだ先の話となるでしょう。この本の中身自体についてはまた別の時に語る機会もあるでしょうが、今日はこの本のあとがきで氏が書いていることを紹介したいと思います。なかなか良い話だと感じているので。

人々の生き方も多様となっているこの時代、決め付けるわけにも行きませんが、大体の人は高校なり大学なりの学校を卒業すると就職することになるのではないでしょうか。職業自体は人それぞれだとしても、このパターンにはそれほどの違いはないと思います。

大江健三郎氏もその例外ではありませんが、その就職先が一風変わっていることになります。東京大学の仏文科を卒業した後、氏がついた職業というものが、作家だったわけです。今でこそ芥川賞を受賞する人が高校生だったりすることもありますが、当時としてまあ信じられないことでもありました。

生活の糧を得るという意味では、作家も当然職業の一つです。しかし他の職業と違うのは、あらかじめ決められたルールがあるわけではないことです。指導する先輩もいなければ、何をどのようにして書いていくのかを人に聞くわけにも行きません。何しろ作家の価値はその独自性にあるのであって、大方の職業がそうであるように、決められたことを能率よくこなすなどは、全く価値として認められません。

氏としても当然のことながらこの困難さにぶち当たるわけですが、その困難をどのようにして乗り越えてきたのか。少し長い引用とはなりますが、このあとがきから抜き出してみます。

ーーー以下引用
私は若い年で始めてしまった、小説家として生きることに、本質的な困難を感じ続けてきました。そしてそれを自分の書いたものを書き直す習慣によって乗り越えることができた、といまになって考えます。そしてそれは小説を書くことのみについてではなく、もっと広く深く、自分が生きることの習慣となったのでした。
ーーー以上引用終わり

この文章だけだと意味がわかりにくいかもしれません。少し補足説明を加えておきたいと思います。

病院で飼育されている実験用の犬を殺すアルバイト学生の話。氏の作家としての出発点となった「奇妙な仕事」の大枠です。この作品が文芸界でも注目を浴びて、ある編集者からこの作品を書き直して新しい小説作品を発表しないかという注文が来ることになります。私自身としては小説家でもないのでそもそも注文が来ることはありませんが、それにしても奇妙な仕事の依頼ではないでしょうか。別の小説ではなく、書き直しの小説とは。

ただしこの依頼は氏にとっては良い方向のものだったのでしょう。実際に書き直した小説「死者の奢り」については、氏自身としては不満足だったとしても。

さて、私たちのことです。小説家でもない私たちとしては、この話をどのように聞けば良いのでしょうか。書き直しを人生のいくつかの局面に当てはめて考えると、具体的にどのようなことになるのでしょうか。この自選短編をもう少し読み進んでいくと、その解決の手がかりが得られるかもしれません。後日の楽しみとして、よろしくお願いしたいところです。